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文というハンドルネーム、さわむら蛍というペンネームで書いていた作文をブラッシュアップしてまとめています。
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#ダンゴムシの避難訓練

ざつぽくりん 21「ダンゴムシの避難訓練Ⅵ」

ざつぽくりん 21「ダンゴムシの避難訓練Ⅵ」

「そうですねえ、あたしもちょっとうじゃうじゃは苦手です。ひとごみもいやですね……あ、今、ちょっと疑問に思ったんですが……あの、ダンゴムシの避難訓練って成立しますでしょうかね」

あ、カンさんたらまたヘンなこと言い始めた。

「ダンゴムシの避難訓練?」

「ええ、よく防災の日とかにやるじゃないですか、サイレンがなったら、慌てず騒がす落ち着いてなんていわれて、広域避難場所まで誘導されるじゃないですか」

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ざつぼくりん 20「ダンゴムシの避難訓練Ⅴ」

ざつぼくりん 20「ダンゴムシの避難訓練Ⅴ」

「なんで死んだんだっけ?」

「もうおじいちゃんだったから、老衰。……ずいぶん長生きしたからこれは大往生だってみんなに言われた」

「みんなって?」
「家族。おばあちゃんやとうさんやかあさんや……理子ねえさんに……」

そういうと華子はつらそうな顔つきなる。

「ふーん、あの理子がねえー」

 理子は華子の九歳上の姉だ。やり投げの国体出場選手で、大学もその推薦で入った。勝つための努力は厭わない生真

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ざつぼくりん 19「ダンゴムシの避難訓練Ⅳ」

ざつぼくりん 19「ダンゴムシの避難訓練Ⅳ」

「その古書専門店の名前はね、雑木林って漢字をかいて『ざつぼくりん』って読むのよ」
「へんなのー。それってよみまちがいじゃないの? なんでそんな名前にしたの」

絹子を見つめる華子の瞳が少し動く。誰だって「ざつぼくりん」の謎は知りたくなるものだ。

「ね、へんでしょう? でもそのわけは誰も知らないの」
「お店のひとに聞かないの?」

「お店のひとはカンさんっていうんだけど、聞いても『さてね』って答え

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ざつぼくりん 18「ダンゴムシの避難訓練Ⅲ」

ざつぼくりん 18「ダンゴムシの避難訓練Ⅲ」

絹子に抱きついたままの格好で、華子がかすれた声をだした。

「あのね、わたしね……わたし、ずっとずっと……」

なにか告げようとするが、しゃくりあげてうまく言葉にならない。吸う空気と言おうとする言葉が華子のなかでせめぎあう。思い切り泣いたあとの言葉はどうしてこんなにも震えるのだろう。

絹子は華子に向き合い、頬を両手で挟んで、うん? だいじょうぶなの? と問う。華子はこっくりをすると恥ずかしそうに

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ざつぼくりん 17「ダンゴムシの避難訓練Ⅱ」

ざつぼくりん 17「ダンゴムシの避難訓練Ⅱ」

「そうだよね。時生さんて、ラクダみたいだから、わたしも好きよ」
なにげない声で華子が告げる。

「ふふ、そーう? でも何でラクダなの? まあ目の感じが似てなくもないかなあ」

「うーん、どういえばいいのかわかんないけど、かわいくないけど、砂漠で砂嵐がきてもなんか時生さんがいると安心できるような気がする」

「ふふ、じゃ時生さんに、華子がそう言ってたって、言っとくわ」
「やだー、言わないでー」
「言

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ざつぼくりん 16「ダンゴムシの避難訓練Ⅰ」

ざつぼくりん 16「ダンゴムシの避難訓練Ⅰ」

秋雨が降り続いている。音もなく降る細かな雨は時間をかけて海辺の小さな町を濡らしていく。大きな通りも小さな路地も、鳥居も銀杏も、木戸も運河に浮かぶ船も、ひっそりとその洗礼を受けている。

「秋の雨って、つらそうに降るのね」

窓際で腕組みをした華子が独り言のように言う。空を見上げる小さな後姿は薄い影をまとい、その輪郭が雨ににじむ。

絹子がゆっくりとその横に立ち、白いブラウスに包まれた痩せた肩に手を

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