3月下旬発売 『順茶自然』澄川鈴 著者インタビュー
大阪・高槻市で中国茶教室を営む澄川鈴さん(中国政府公認評茶員・茶藝師)が、これまでに得た〝茶縁〟の数々を綴るエッセー集『順茶自然』(3月下旬発売)。
同書の予約受付をBUNBOU STOREで始めるにあたり、著者インタビューを行った。
取材・文:BUNBOU WEB編集部
写真:SHISHIDO Kiyotaka
〝線〟を曖昧にしたい
―― 『順茶自然』は、noteの「BUNBOU WEB」上で2021年9月から翌22年8月まで連載した「中国茶のある暮らし」を改稿したエッセー集です。まずは1年間の連載、お疲れさまでした。
澄川 ありがとうございました。もともと書くことは苦ではなかったですし、かねてお茶について何か書きたいと思っていたので連載はとても楽しかったです。中盤には何を書けばよいか悩んだ時期もありましたが、読者の皆さまからの温かい励ましに支えられて1年間やり遂げることができました。本当に感謝しています。
連載では季節のお茶とお茶請けを紹介しつつ、私がこれまでに得た数々の〝茶縁〟を綴りました。1年間の連載が終わると「あの人のことも書けばよかった」「こんな面白い話もあった」と、今さらながら思い出すことばかりです。
―― この記事の読者のために、初めに中国茶についてうかがいます。中国のお茶と日本のお茶の共通点と相違点を教えてください。
澄川 共通点はとてもシンプルです。中国と日本に限らず、世界中で飲まれている「茶」は、カメリア・シネンシスという種類の常緑樹(和名:茶の木)の葉や茎を、湯や水で抽出したものです。産地の違いはあるものの、葉や茎の種類に違いはありません。
澄川 難しいのは相違点です。現代茶学の第一人者である安徽農業大学の陳椽先生(1908~1999年)は、茶の分類方法として「六大茶類分類」を提唱しました。「六大」とは、すなわち「緑茶」「白茶」「黄茶」「青茶」「紅茶」「黒茶」――です。これらは製法と品質によって分類されます。
「緑茶」と「紅茶」は日本の人々も日常的に耳にするはずです。「青茶」は烏龍茶のことで、「黒茶」の代表的なものは普洱茶なので、よく知られていますよね。「黄茶」と「白茶」は、中国国内でも多くは出回っていません。
細かなことを言えば、同じ「緑茶」でも中国と日本では、主流となる製造方法が異なります。中国は〝炒り〟が、日本は〝蒸し〟が主流なんです。ただし、それぞれに例外はありますので、これも明らかな相違点とは言えません。
専門家のなかには「六大茶類は古い考えで、今はもっと細かな分類がある」と言う人もいますが、日常的にお茶を嗜む際にはそこまで細かく分類する必要はないと私は考えています。
澄川 あえて相違点を挙げるなら、中国の人々と日本の人々とでは〝茶を理解しようとする姿勢〟が異なるのかもしれません。日本の人々は、いざお茶を始めようとするとまずは分類方法や共通点・相違点をきちんと理解しようとしますが、中国でそんな人はほとんどいません。細かなことは気にしない。私はどちらかと言うと、そんな中国の人々のアバウトな感じのほうが好きです。もしかしたら、大国が持つ余裕の表れなのかもしれませんね。
澄川 初めて私の教室や茶席に来られる日本の人々からはよく「どうやって飲めばいいんですか」という質問を受けます。お茶といえば〝茶道〟のイメージが強いためか、知識や作法を気にされるんです。本にも書きましたが、私は気軽に中国茶を楽しんでもらうことが大切だと思って今の活動をしています。
面白いのは、茶文化の発祥は中国と言われていますが、遣唐使によって日本にもたらされてから以降はそれぞれの地で発展を遂げ、時には相互に影響を与え合っている点です。
かつての中国は〝茶道〟にはほとんど関心がありませんでしたし、1970年代に日本の茶道の影響を受けた台湾が〝茶藝〟を提唱し始めたときも、中国の人々はほとんど興味を示しませんでした。それが今では中国でも茶藝が広く知られるようになっています。商機を見たんですかね。
ともあれ、共通点を挙げることは簡単ですが、相違点はなかなか難しいというのが私の考えです。私は両国のあいだにある〝線〟を曖昧にしたいと思って今の活動をしているので、余計に難しいのかもしれません。福寿舎という日本家屋で中国茶の教室をやっているのも〝線〟を曖昧にするためです。
中国を見る〝解像度〟
―― 鈴家に来られる生徒さんやお客さんは、やはり中国に関心がある方ばかりですか。
澄川 茶への関心という意味では、中国よりも台湾を経由してから来られる方が多い印象です。茶文化において台湾は中国と日本のちょうど中間のような位置づけだからだと思います。
中国そのものへの関心ということで言えば、無関心の人はほとんどいませんが、「中国が大好き!」という方もあまりいませんね。私も仕事柄よく「中国のことが大好きなんでしょ?」と聞かれるんですが、その質問ってすごく困るんです。
私が言葉や茶をはじめとする中国のことを勉強してきたのは、好きだからという理由ではなくて、単に知らないことが多かったからです。中国に留学していたときにできた現地の友達のことはみんな好きですし、中国の料理も大好きです。だけど、だからといって「中国のことが好きか」と問われると、それとこれとは話が違う気がするんです。
―― 本書のなかでは、留学前と留学後で中国に対する見方が変わったと書かれていましたね。
澄川 そうなんです。留学前の何も知らないときに比べると、今では中国という国を見る〝解像度〟が格段に上がっています。その分、好きか嫌いかという二項対立では見なくなったんでしょうね。好きなところもあれば、嫌いなところもある。それが生活者としての普通の感覚だと思うんです。解像度が上がれば、好きか嫌いかという問いはほとんど意味を失うと思います。
―― コロナ禍が始まってからは中国に渡航できていないそうですね。次に中国に行く際には、何を第一の目的にしますか。
澄川 もちろん、仕事の上では茶の市場や産地に足を運ばなければなりませんが、それ以上に友人たちに会いたいです。友人らはみんな、鈴家をオープンしたことも、今回の連載が書籍化されることも、すごく喜んでくれているので、まずは直接会っていろいろと報告をしたいです。
本の最後には、親友で言語学者の張鑫との思い出を綴り、彼女の写真を載せました。そのことを報告すると「ああ、やっぱり。私の見栄えがいいからでしょ?」と、相変わらずの様子でした(笑)。みんなに早く会いたいですね。
茶に導かれて
―― 書名の『順茶自然』に込めた思いを教えてください。
澄川 中国語に「順其自然」=「なるようになる」という成語があって、それを私なりにアレンジした言葉が「順茶自然」なんです。意訳すると「茶に導かれて」――。私のこれまでの来し方をうまく表現できているのではないかと思っています。
―― 本書を読むと「茶を通じて多くの人々に中国のことをもっと知ってもらいたい」という澄川さんの思いが伝わってきました。鈴家は今年の3月22日でオープンから丸3年が経ちます。最後に今後の展望を聞かせてください。
澄川 本当はもっと歳を重ねてから教室をやろうと思っていました。それがまさに〝茶に導かれて〟2020年にオープンすることになったんです。
私もいつもお世話になっている奈良県の「心樹庵」など、日本にはすでに美味しい中国茶を紹介しているお店があります。もちろん鈴家でも美味しいお茶を皆さんに紹介するつもりですが、やはり私の目的は茶を通じて多くの人々に中国を知ってもらうことだと思っています。茶をより生かしていけるように、今後はこれまで以上に中国の料理も紹介していきたいです。
あとは、これまでと〝逆〟の取り組みとして、茶を通じて多くの中国の人々に日本を知ってもらえるような活動もしていきたいと考えています。飽きっぽい性格でもあるので、茶に導かれるままにその時々で関心があることに挑戦しながら、中国と日本の相互理解のための仕事ができれば嬉しく思います。