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題名 「コードGR」 第二話 創作大賞2024漫画原作部門

 四百ヘクタールもある広い公園。五月の赤やピンクのつつじの花が満開だった。疲れたのでベンチに座り少し休む。目の前の噴水の水はグラフィック効果で数秒ごとに色彩を変える。
「アンソワープは何故、逃げたんだろう?」エンゾは夕暮れ前の空に浮んだ月を見上げる。
 誰かが隣に座った気配がしたので横を見た。
 乳母車を押した背の低い女性だった。青い水玉の乳母車の中には、まだ生まれて間もない赤ん坊がすやすやと眠っている。
 新鮮なまだ始まったばかりの命、不思議に心を和ませる。
 命って何なんだろう。
 脳が死ぬことが死亡することだと医学上ではいわれている。
 しかし──
 命は感じられるもの。ただの蛋白質、脳という器官だけではないもの。その証拠に小さな赤ん坊の命の息吹を五感で感じられる。
 特に信仰には凝っていないが、命というものはただその身体の持ち主のものだけではなくて、何か世界と密接な歯車によって「生かされている」ような気がする。
 アンソワープに命が吹き込まれたと自分は勝手に思い込んでいたが、よく考えてみるとジョーという少年がアンソワープの身体の主になったということが理論的には正しい。
 アンソワープは機械。ジョーという少年はアンソワープの頭脳、彼が考え行動している。アンソワープには物事を論理的に考えたり、意志というものはない。彼女には命が無い。
 この数週間、交流し会話していたのはアンソワープではない。ジョーという少年。
 アンソワープを見かけなかったか若い女性に尋ねてみることにした。
「人を探しているんですけど。ウェーブのかかった金髪のすらっとした女の子みかけませんでしたか? 赤のチェックのシャツと青いジーンズのボーイッシュな感じの」
「公園の広場でバスケットボールしてたわよ」女性は方向を指した。
 お礼を言って広場に早足で向かう。

 コンクリート地のバスケットコートで、高校生達がバスケをしていた。少年達に混じって少女が背番号三番の赤い前掛けをつけて試合に混じっている。
 長髪の少女がボールを追う姿は目立ちすぎていた。ボールを追い、走る、器用にボールをパスする。
 背の高い少年からパスを受け取ると、アンソワープはドリブルしながらゴールに進む。動作が女の子ではない。大胆で機敏で一瞬たりともためらわない足取り。
 慣れた手つきでドリブルをする、ボールをパスしたり、ディフェンスにまわったり。
 センターライン近くで、大柄の少年からボールをゲットすると、ディフェンスを素早く避けながら、ゴールへと突進する。
 行く手を遮る少年達を巧みにまいて、ゴールの下に入り込み、弾みをつけてジャンプ。
 そして両手でボールを掴み、ボールをリングの上から叩き込む。
 ギャラリーからの驚きの声援が上がった。
「すげえ! ダンクシュート決めた」
 少年達が一斉に歓声をあげる。
 アンソワープは軽々と地面に着地すると、長い髪をかきあげ、ピースサインをギャラリーに送る。
 横で見ていた黒人の子供がつぶやいた。
「かっこいー!」
「あの子はサイボーグだよ」
「ふーん、男みたいな派手なプレーするんだね」
「脳は男の子なんだ」
 エンゾはジョーという少年をもっと知ってみたいと初めて思った。
「時間終了!」リーダー格の高校生が試合終了と叫んだ。
 試合が終って少年達と笑いあっているアンソワープ。
 こんな生き生きとした表情なんて今までみたことがなかった。
「サイバネの人とバスケしたの初めてだ。俺達、ここのコートでよくバスケしてるから、暇あったらまた試合に加わってくれよな」
 背の高いリーダー格の少年が笑いながら言う。
 アンソワープはニコニコ笑いながら、少年達に手を振って「おう! じゃあ、またな」と言う。
 ギャラリーの中にエンゾの姿を発見すると、笑顔は消え真剣な面持ちになった。つかつかと歩み寄る。
「なんだよ、おっさん、バスケの試合見ていたの?」
 エンゾはガッカリしたが愛想笑いしながら話題をすすめる。
「ジョー君、おじさんはないよ。まだ僕は29歳だよ。エンゾって呼んでくれないかな」
 夕日を背景にして、アンソワープはエンゾをまっすぐ見つめ、とても人懐っこい微笑みを顔一面に浮かべる。左手を挙げてエンゾに向けた。
 エンゾは真似をして左手をあげる。
 アンソワープはエンゾの手の平を軽くパンっと叩いた。
「よろしく。やっと俺のこと本当の名前で呼んでくれるようになったんだな」
 この瞬間が初めて、エンゾがジョーという少年に出会った日だった。

***

 内科の病室は五階だった。ラミネートの白い廊下の先にジョーのおじいさんの病室はあった。おじいさんの容態はかなり悪く、眠っているときの方が多かった。
 エンゾとジョーはナースに会釈し大部屋の病室に入る。

 窓際のベッドで眠っているジョーのおじいさんの横に訪問客がいた。
 小さな丸い椅子に巨体を尻で支え座っている坊主頭の中年の男性だった。革ジャンは贅肉で膨れ上がっている。荒々しい感じのする男だったが、赤ら顔には人の良さそうな微笑みを浮かべおじいさんを見つめていた。
 しんとした病室に突然のジョーの甲高い怒鳴り声が響き渡った。
「ミノク! てめー! ぬけぬけとこんなところで何してるんだ!」
 寝ている患者達が一斉に飛び起きた。しかし、おじいさんは死人の様に眠っていた。
 ジョーは片隅に無造作におかれていた点滴のパイプ台をブンっと掴むと高々と頭上に抱えあげ、大男に殴りかかっていった。
 機械の腕力で思いっきり鉄のパイプを男の頭めがけて振り落とす。
 男はいとも簡単に両手で受け止めた。
「病室で暴れんな。迷惑かかるじゃねえか」ドスのきいた低い声で言う。
「家を焼かれ、体をばらばらにされた恨みを晴らす」
 アドレナリンの急激なアウトプットでジョーは肩で息をしている。腕が震えているのが見える。 
「俺じゃねえって。じいさんには恩があってな、だからこうやって見舞いにきたんだ。ここじゃ話はなんだから場所かえてしないか?」男は立ちあがり、ジョーを落ち着いた態度で見下ろす。
「分った。話をきこう」ジョーは点滴のパイプから手を離す。
 ミノクと呼ばれる男はやれやれといった面持ちで、重い点滴台を床に置いた。
 騒ぎをききつけ病院のスタッフが集まりだした。看護師長らしき髪をまとめた初老の女性が事情を話すようにエンゾに詰め寄る。ミノクという巨漢がずいと前に歩み寄る。
「すまん。俺等は失礼するんで道を開けてくれないか?」
 命令を聞くかのように人だかりの中央が開き、三人は注目を浴びながら病室を後にした。
 二メートルもある大男、美少女、普通の青年の取り合わせは人の目を引きっぱなしだった。

 やっとのことで病院の入り口を出る。溜め息をつくのもつかの間、ギャングだと見受けられる黒服の二人が煙草を吸いながら待っていた。
「ミノク親分! すぐ車を運んできやす!」二人は駆け足で駐車場に向かう。
 ミノクが何か思い出したようにジョーを見て尋ねる。
「それはそうと、突然、殴り掛かってきたけどよ、お嬢ちゃんは誰なんだ? 」
 ジョーは少し考え込んでから返事をした。
「俺だよ。じいちゃんの孫のジョー。事件に巻き込まれて色々な事情でサイボークになってしまった」
 ミノクは目を細めてじっとジョーの顔を見た。ガハハハっと大爆笑し、やっと分かったぞと軽く拍手した。
「ずいぶん可愛くなったなー、ジョー。ふてぶてしいガキだったのによ」
「笑うな!」
 アプローチにメルセデス社製の黒い車がとまる。
「ギルダタウンに行って詳しいことを話す。乗れ」
 ジョーは車に乗り込む。エンゾはボーッとつっ立っている。
「あんたも乗りなよ」ミノクが手招きして乗るように言う。
 エンゾは言われるまま車に乗り込む。何故、乗ったのかは分らない。
 
「俺はミノク。ジョーの古い知り合いだ。ジョーが3歳のときから知ってるぜ。すっげえ生意気なガキンチョでよ」
 ミノクは簡単な自己紹介をエンゾにし大きな手で包み込むような握手した。

***

 初めて踏み入れた悪名高いギルダタウン。悪徳の都市と呼ぶ人も多い。街の周辺は朽ち果てたコンクリートブロック郡の住宅。違法移民の隠れ家になっている。
 無計画に膨れ上がった巨大なアリ塚のようなスラム。ビル間が異様に狭く、日光は建物に遮られて地上までたどりつけない。無数の狭い暗い路地とゴミで散らかったメインストリート。灰色のビルとビルの間を車は抜ける。生ゴミ、スパイシーな食べ物の匂い、下水臭が漂っている。
「地獄の入り口にようこそ」ミノクは口にくわえた煙草にライターの火を近づける。
 いったん町の中心部に踏み入れると様相はガラりと変わる。
 スペイン語、中国語、アラビア語などあらゆる言語の看板、目を刺激するけたましい電光看板。道を行き交う人達の国籍も姿も無国籍地帯である。
 ゴミがあちこちに散らばり、汚水が下水から溢れている。磁気スクーターが多い。どこからか銃声と叫び声。エンゾは身をすくめる。
「ギルダタウンでは銃声なんて日常茶飯事さ」ミノクは説明しだす。
 ギルダタウンは四つの地区に分けられている。
 警察は無法地帯を弾圧することよりも、これ以上、犯罪がロサンジェルスに広がらないようギルダタウンを切り離して観察することにした。ここに法律はない。暴力と知恵のあるものだけが君臨できる別世界だった。
 五年前まではそれぞれのボスが仕切っていた。
 今、車で通過している南区の繁華街はエスニックエリア。無数の小さなギャンググループがそれぞれ縄張りを持っていた。
 西はジャマイカ系のギャング。東はアジアからの移民の町、中国系マフィアの管轄。五年前、北のボスがギルダタウンを制圧した。別名、帝王と呼ばれる男。

***
第三話に続く ↓

https://note.com/bun03/n/n2dcf3ab31616

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