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トミノの地獄


丸尾末広先生の漫画である。

私は一つ自慢があって、『少女椿』のイラスト直筆原画を持っている。
これは宝物の一つである。みどりちゃんがとても愛らしいのだ。

で、『トミノの地獄』だけれども、これは全4巻からなるとんでもない地獄めぐりのお話で、西條八十(さいじょうやそ)のトミノの地獄なる詩が丸尾先生に詩想を与えたのだろうか、物語が形成された。
この詩は口に出してはいけない詩で、寺山修司も好んでいた。

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物語は、双子の少年少女、カタンとトミノが母に捨てられて、伯父に育てられる所から始まるが、二人は伯父夫婦やその家族から忌み嫌われて、人買いに売られてしまう。
そのまま浅草の見世物小屋に売られて、そこで出会った人々との共同生活が始まるという、『少女椿』みたいな作品である。
物語冒頭、浅草の見世物小屋、町並みのシーンの迫力と書き込みは素晴らしい。一気に世界に引き込まれる。

見世物小屋は洪(ウォン)という異国の血が交じった男が牛耳っていて、彼は、見世物小屋のフリークス少女、四本の手と四本の足を持つ蛸娘を祭り上げて、神の娘として新興宗教を立ち上げ、金儲けを企む。どうやら、莫大な借金をしているようで、金にがめつい。この洪こそが、双子の父親であって、彼らを苦しめる神であり、アクマである。
トミノとカタンは、洪の策謀に巻き込まれて、数奇な運命を辿る…という話。

地獄、と言う割には結構マイルドな作品で、真の意味での地獄は物語後半に描かれる、太平洋戦争そのものである。
1〜3巻は、我々が蓋をしたい、世の中の差別や苦しみなど描かれるが、4巻では舞台が長崎に移り、最悪の地獄が描かれる。それは、本当にあったことで、それに比べると、1巻〜3巻など、まだ牧歌的ですらある。
まぁ、途中で人工奇形を作るという、箱櫃児(シァンクェイル)なるネタがぶっ込まれるが、それは少し精神的に来るものがあった。そのような発想がそもそもなかったのだが、まぁ、纏足のようなものだろう。これは南條範夫の『灯台鬼』という作品に出てくるのが元ネタで、灯台鬼も悲しい話で、恐ろしい話である。
都市伝説はいつも恐ろしい。どちらも心臓の弱い人は識らない方がいいだろう。

基本的に耽美な作品で、美しいシーンが多い。絵がきれいだから、グロテスクなところもあまり気にならない。逆に、それだからこそ引き立つ。作中でも言われる、浅草のヘンゼルとグレーテルの美しさが際立つ。
私は案山子なる片足の少年(母親に当たり屋をやらされて、足を喪ったのだ)が月夜にヴァイオリンを弾くシーンが好きである。

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トミノとカタンはとても愛らしいし、蛸娘のエリーゼもいい子で、とにかく基本的には優しい人が多いのに救われる。

この作品は、最期は哀しいながらも美しい再会のシーンで終わる。『少女椿』の狂気はないけれども、細やかな幸福で美しく幕を閉じる。
結句、地獄とはもうこの世にあったことで、創作物はそれの足元にも及ばないである。

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