タルホと月光 ①
『一千一秒物語』という小説がある。
小説というよりも、ウルトラに短いショートショートショート。
そこでは人間は不在で、天体だけが存在している。
お月さまとお星さまが演じるコント集である。
この作品は1922年に上梓されて、来年で生誕100年を迎える。
巨星、いや、お月さまそのものと言える作家稲垣足穂の処女小説集である。
私は、稲垣足穂を愛している。最大に影響を受けており、彼もまた影響を受けた言葉、「空にあっては星空、内には良心」という言葉が、自分の永遠の宿題である。
私は、彼の文章こそ、至高であると感じている。
そこで、今後は稲垣足穂に関して、つらつらと書いていきたい。
それは、私があまりにもタルホを好きすぎて、彼から脱しないといけないと考えているからでもある。
まずは、稲垣足穂というと、小説家というよりも作家である。筑摩書房から2000年頃刊行された稲垣足穂全集13冊において、実際、彼の小説と呼べる作品は集めてみてもざっと3〜4冊分ほどだろう。長編はほぼない。本人も書けないと言っている。
その内の1冊、乃至1冊半は半自伝小説であるため、オリジナルの創作は少ない。オリジナルの創作は、英国の作家ダンセイニ卿の影響を強く受けていている。
残り10冊近くは膨大なエッセイである。
稲垣足穂は、今ではほとんどの人が読んでいない作家であるが、1968年に第1回日本文学大賞を三島由紀夫の推薦で受賞した際、再評価のブームが起こった。
彼は、佐藤春夫門下として、22歳の頃に『一千一秒物語』を出版し、そこで中央文壇に名を挙げたが、然し、その後佐藤春夫との決別もあり、また、作品の非大衆性において、徐々に消えた作家になった。(佐藤春夫は3000人近い門下がいる。足穂は師事していた頃の佐藤春夫的な感覚は好んでいたが、彼が文藝春秋のラッパ吹きだと貶して、袂を分った。
その後、40年ほどは名古屋の同人誌の『作家』誌に作品を発表したり、たまに商業誌で作品を発表していた。
三島由紀夫は完全に稲垣足穂を尊敬していた。
稲垣足穂は、天体もの、宗教(キリスト/仏教)、少年愛、飛行機などのジャンルの作品を書いていたが、元々同性愛の三島由紀夫にとっては、詳らかに少年愛(男色と少年愛は異なると足穂は言っている)を書く足穂はある意味自由人である。然し、三島由紀夫はどこまでも時間(歴史)に重きをおき、足穂は空間(スペース)に重きをおいていた。
例えば、足穂は当時三島が全共闘と討論を交わした時(最近、ドキュメンタリー映画になったあの作品だ)、どこまでも時間にしか興味がないから三島はだめや、ゲバ棒の方がまだ言いたいことわかる、と言っている。
足穂は、谷崎潤一郎の作品を書割の御殿(谷崎とは面識がある)、川端の書く作品を千代紙細工、夏目漱石を書生文学、三島由紀夫は空っぽでなんにもないと、ほぼ全小説家をこきおろしていた。
他にも、太宰治の文学は、あってもなくてもどっちでも良い(つまり、どうでもいい)と言われている。
文学青年には芸術は作れない、というのが足穂の考えであり、足穂にとって芸術とは幼心の完成であった。
私は、この幼心の完成、という一文に同意して止まない。宇宙的郷愁、という言葉を足穂はよく使用するが、それはつまり、懐かしさである。
懐かしさのないもの、三島はそれに気づけず取り繕ってばかりいたと書いている。
足穂は天才で、本を読めばわかるが、エッセイ群は非常に難解である。
私も何度も何度も読んでも、全然理解できないことばかりなのだが、然し、それが堪らなく楽しい。彼の書く文章の濃さは圧倒的であり、どこまでも追いつけない。
稲垣足穂に関しては、今では論評の本などは少なく、過去に出ていた本などを浚うしか識る手立ては基本的にはない。彼にはコアなファン(信者とも呼べるほどの…)が大勢いるが、一般としては完全に消えた作家の1人である。
『一千一秒物語』は、はじめは『TARUPHO ET LA LUNE 』というタイトルであった。
彼はこの作品のカヴァーの絵を構想して試しに描いており、その後、タルホピクチュア展という自身の絵画・作品展でも新たに描いて発表していた。
そのうちの1枚が下記の写真のものであるが、私の所蔵しているものである(何枚か存在する。裏面に、足穂の鉛筆書きで『最初の一千一秒物語の表紙』と書かれている。)
これは訳すと『タルホと月』というタイトルであり、彼の原点であり、そして最高到達点、円錐状の果てである。
一つ、私が感動した文章は、
「ある日、お月さまが自分をポケットに入れて歩いていた。」という下りである。私は、今まで読んだ一文の中で、一番に詩的でエポックメイキングなものだと思えた。これが、100年前の青年の文章である。
私は稲垣足穂を先生だと思っていて、空にある星座の人だとも思っている。
ここから、稲垣足穂に関して思うことを、エッセイとして書いていきたいと思う。
次回は『弥勒』について書く(予定)。
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