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蘆刈と春琴抄

谷崎潤一郎は大谷崎と呼ばれていて、彼が亡くなったとき、三島由紀夫は谷崎朝時代が終わったと言った。

谷崎潤一郎は『刺青』で永井荷風に激賞されて、華々しく文壇に現れて、そんなに苦労がない。然し、明治・大正時代の谷崎作品というのは基本的に文学好きには識られているけれども、そこまで高評価ではないと思う。
やはり、所謂古典回帰、日本文化への傾倒からその作風を見つけたように思う。

『痴人の愛』『蓼食う虫』『蘆刈』『盲目物語』『春琴抄』そして『細雪』あたり、要は30代後半〜50代の作品をこそ、彼の円熟期の作品だと呼べる。
実際、自分でも小説家にはなるのにはある程度の年齢、40代とかそこからようやく人様向けに見せられるようになると思うと言っていた。

谷崎は基本的には、好きな女性が出来る→妄想する→作品として昇華→女性に飽きる→好きな女性が出来る→妄想する→作品として昇華→女性に飽きる……というのを延々と繰り返してきた。

だから、作品を読むと、その時々の奥さんや気になっていた女性が登場人物に投影されている。特に、『武州公秘話』なんて、古川丁未子と松子の影が色濃く反映されている。
川端康成と同じである。まぁ、大抵の文学者はそうなのだろうが。

谷崎の作品で好きなものを選ぶとしたら、やはり『春琴抄』になるのかもしれないが、一番素晴らしいのは『蘆刈』である。
『蘆刈』は『春琴抄』の雛形と言ってもいいのかもしれない。夢幻能の形式を見事に文章で再現している。
夢幻能とは単純に言うと、どこかの史跡にいくと→そこにまつわる亡霊が現れて何事か語りだし→消えていく、というような形の能である。
『蘆刈』はその形を小説として構築している。ある種、『春琴抄』はそれを更にリアリズムに落とし込んだわけだ。
『春琴抄後語』という後書き随筆にも、どうすればいかに本当らしく見えるのかに苦心したとあった。

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『春琴抄』は句読点が少ないことが独特のリズムを生み出し、それは作品に映される三味線の音曲のように読者を誘う装置になっているが、一つのカタルシス、佐助が両目を針でついて失明しそうして光を喪っていく最中で視た包帯を巻いたお師匠様の来迎物のような円満な顔というその流れをこそ書きたいという、最終的に明確な意図故の演出のように思われる。

逆に、『蘆刈』は『春琴抄』にはない独特の幻想性があって、いつの間にか蘆の先にいる過去の光景と人々に魅入られていき、そこでも特殊な関係が繰り広げられている。『蘆刈』はひらがなを多様していて、自筆原稿本『蘆刈』を読むと、本当に文字が泳いでいくようで、読んでいると自分も溶けていくような悦楽がある。

大谷崎は40代を迎えていよいよ王朝を築いたわけだが、中上健次は彼のことを物語の豚と揶揄していて(然し、それでも中上には強烈な谷崎の影響がある)、その指摘は正しい。

先に述べた『春琴抄後語』で、谷崎は『春琴抄』における春琴と佐助の心理が書けていないという批判に対して、「あれで書けているではないか」と述べていたが、然し、それは谷崎の創り出した妄想世界であって、そこには谷崎が理想を仮託したモデルが介在し、彼らは谷崎の思うままに動いている。
飽くまでも、谷崎が創り出した緻密な世界を生きる駒であって、そこには不可思議な人間の反抗はない。

谷崎は物語を構築し、それを語る術は追随を許さないが、彼の文学は美しい工芸品ではあるけれども、切なさがないのだ。

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