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あさがおのポートレート


私の一番好きな少女漫画は、立川恵先生の『あさがおのポートレート』である。

この漫画は、先生の代表作である『怪盗セイントテール』の単行本1巻に収録されていたのである。

『怪盗セイントテール』はアニメにもなった作品であり、『神風怪盗ジャンヌ』に似てるよね、と思ったものだ。無論、セイントテールが先である。

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『あさがおのポートレート』は読み切り作品で、32ページ、『人魚姫』をテーマにした作品である。と、いってもタイトルどおり、人魚ではなく、朝顔が主人公である。朝顔が、人間の男の子に恋をする。そうして、お天道様にお願いして、夏休みの間だけ、人間の女の子にしてもらうのである。

今作は、非常に爽やかな読み切りであり、優しい名作である。
恐らく、この作品よりも込み入っていて、美しい描写があり、人間感情が描けている作品はたくさんあろう。けれども、私はこの作品以上に、真っ直ぐな愛情を描いていた、恋というものの瑞々しさを描いている作品に会ったことは、この当時にはなかった。いや、今もないかもしれない。『椿姫』を読んだ時も、このような感慨を覚えた。
私は、この作品を読むときは、幼い頃の夏の匂いすらも鼻腔に流れる。
どんなに、この作品に心を打たれたことだろうか。

『人魚姫』はアンデルセンの童話であり、人魚が人間になる代わりに声を奪われて、最後には泡となる悲恋であるが、アンデルセンといえば、『ヒナギク』という、誰からも顧みられず、永久に思い出されることもない物語もある。

とにかく厭世的な物語を書く作家だが、『人魚姫』のような悲劇で『あさがおのポートレート』は終わらないので安心してほしい。

『あさがおのポートレート』は公園を舞台にしていて、主人公が愛する少年はそこで子どもたちにアイスを売っている。彼は、画家を目指していて、お金を貯めて絵の具などを買っているのである。
人間になった主人公は彼の仕事を手伝い、どんどん仲を深めていく。ここでは、主人公の恋する心が実に鮮やかに描かれていて、読んでいると大変に心が洗われる。
何よりも、舞台立てが特殊で、今作には狭い公園という箱庭が一つの小宇宙を形成していて、そこは御伽の国のような清らかさに満ちている。
ここにはなにもない。ただ、男女の期限付きの夏、ひと夏の日々があるだけである。
主人公は、一週間だけ、彼のそばにいることができる。その一週間が経てば、空に溶けてしまう。彼女が空に溶けてしまうその時に、お天道様の粋な計らいで二人の幼い恋は成就するのである。

物語を描くということは神になるということである。
そこでは、結ばれないはずの男女、それも異種間での成就すらも達成させることができるのである。

作家は全て、あさがおにとってのお天道様なのである。

誰からも顧みられなかったはずの『ヒナギク』にさえも、作家が物語ることで、人々が心を寄せるようになるのだから。


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