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好きな小説、とその古書④ 古都

 『古都』は川端康成の長編小説で、1961年から朝日新聞で連載された新聞小説です。

 京都の呉服問屋の娘と、北山杉の村で過ごす生き別れた双子の娘と出会い、そして別れる物語です。
春夏秋冬が描かれており、最後は「冬の花」というように、冬で終わります。
文章はすごく淡々としていて、拙い印象すら受けます。難しい漢字など出てこない、小学生でもすらすらと読める文章です。併し、それが美しいのです。
 川端康成は自ら綴り方(作文)教室を雑誌上で行い、市井の人々の文章を読むのを好んでいました。その、市井の人が書く文章にも、背伸びした文章が多くあるわけです。それを川端は鋭く見抜いて、本当に良い文章は飾り気のない、本当のことを描写している文章だと言っていました。全集に、この綴り方教室がたくさん掲載されています。これを読めば、文章を書かれる方にはとても勉強になることが山のように書かれています。

『古都』もそのような小説です。飾り気のない文章で、併し、それが京の都の美しさを何よりも捉えています。様々な年中行事が描かれ、その中で、美しい双子の姉妹の哀しい出自が描かれます。
 北山杉の村で、雷鳴る山の中、まるで母のお腹にいたころのように抱き合う娘たちの描写。雪降る朝の京都の町で、格子戸越しに離れ離れになる姉妹の別れ。どれも絶品の美しさで描かれています。

 『古都』は下鴨神社の糺(ただす)の森のその裏手にある泉川亭で書かれました。この同じ町内、というかほぼ向かいくらの距離に、谷崎潤一郞のお屋敷の潺湲亭(せんかんてい)がありました。今は京都の会社の日新電機さんが所有されていて、時折内部見学ツアーがやっています。私も行きましたが、素晴らしいお屋敷で、時間の流れが違いました。谷崎の『夢の浮橋』の舞台となった場所で、小説同様、池の奥に鯉が隠れていました。
 泉川亭は海外の方の持ち物になったようで、今は入れません。

『古都』の舞台となった家は下京区の秦家住宅。この町屋はもともとは薬屋ですが、小説では呉服問屋に書き換えられています。見学に伺った際、川端康成が何回か見に来ていたそうという話しを伺いました。小説でも出てきた、庭にあるキリシタン灯籠を見たのが感動でした。

『古都』は川端の友人の東山魁夷の描いた豪華本が牧羊社から発売されています。表紙が3パターンあり、一つは700部ある紅葉をあしらった想定、もう一つは350部ある別装丁。この二つは50,000円〜100,000円で手に入りますが、30部限定の光悦垣装というウルトラレア本があります。これは100万円前後価値があります。

 光悦垣は、京都の鷹峯にある、本阿弥光悦の光悦寺にある垣のことです。この、物哀しくも美しい装丁が、二人の姉妹の物語を包んでいます。

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