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好きな小説、とその古書② 伊豆の踊子

 
 『伊豆の踊子』が大好きです。青春小説の傑作だと思います。
川端康成の孤独が癒されていく過程が描かれていて、文体は瑞々しく、そして終わりは切なく美しい。見事な短編小説です。

 川端康成は『雪国』、『東京の人』、『たんぽぽ』、『住吉連作』が特に好きなのですが、『伊豆の踊子』と『古都』は美しい豪華本があるので、その紹介もかねて。

『伊豆の踊子』は主人公の一高生(今の東大ですね)が伊豆を旅する中、旅芸人の一座とその道のりを数日だけ同行して、そしてまた別れる、それだけの話しです。踊子はその旅芸人のうちの一人で、14歳の娘です。
巷では恋物語だとか言われていますが、そんな単純な作品ではありません。
 
川端康成の本を読むとき、基本的に
①川端康成は天涯孤独の身の上だった。(16歳で肉親を全て喪った)
②川端康成は生涯幼い頃の思い人である永遠の聖少女伊藤初代の影を抱えていた(後年は払拭した?)
という重要なファクターがあります。基本的に川端康成は変態(谷崎の数倍は変態だと思います)、そして孤独の中にいた人間です。彼の作品に通底する冷たさは、その孤独感、厭世感から来るものだと思うのですが、『伊豆の踊子』にはまだ美しい人への情が溢れています。
反対に、『禽獣』、『雪国』、その他の傑作郡のほとんどは人情が削ぎ落とされて、地獄しかありません。冷たい、孤独の目で世界を見ています。
彼の周りには『死』と、本当に愛する者からの『拒絶』しかありませんでした。

当時は、踊り子と旅芸人の一座は当時は下賤な者と思われていました。ただ、川端は浅草時代の小劇団カジノ・フォーリーへ入れ込んだ頃を見ても、そのような野生の花を愛する傾向にありました。彼の作品には、野生のような花か、汚れのない花、その二極化された女性ばかりが出てきます。

この物語はその踊り子との愛情の物語ではありません。彼の心の孤独を癒すのは恋心ではなく、人の情です。それは踊り子も含めた、旅芸人の一座も含まれています。彼らとの僅かな時間に、川端が人の情をもらうのです。その情が、最後に出会う少年と抱き合うときに透明の水になって、心の底から溢れてくるのです。これは川端青年の人間性の恢復の物語です。(最後は同性愛的な描写で幕を閉じますが、彼の作品『少年』にはまさしくそのような時代があったことを回想を交えて書いています。

 この作品の古書と言えば、限定180部本の江川書房から出版された豪華本です。これは私も一時所有していましたが、泣く泣く手放しました…。美しいミントグリーンに近い色合いで、愛らしい挿絵がいくつか入っています。この本はお金させ出せば、比較的容易に手に入りますが、30万〜100万円くらいします。激烈に高いですが、美しい本です。

装丁と絵は小穴隆一。芥川龍之介の親友でもありました。

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