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何処かのファーストキス


幼い頃、コミックの人物たちの活躍に一喜一憂していた。
彼らは何も識らない子供に対して、世界の広がりを与えてくれた。

私は漫画が好きで、それこそ山と読んできたけれど、小さな頃には月刊コミックボンボンを購入して、それを月に一冊だけの漫画として楽しんでいた。
その中に、『王ドロボウJING』という漫画があって、これは、幼心にも、他の漫画とはひと味もふた味も違う、今様に言うなれば、美しいものだと感じられた。絵がとても綺麗で、外国のようだった。
私にとっての外国というのは、テレビの中や、両親に連れられて訪れたケンタッキー・フライド・チキンの壁に掛けられたロートレックの絵、或いは、どこで見たのかも覚えていない、記憶にコラージュされたビル群の上に瞬く星々、それだけだった。幼い頃、友人の家の畑に浮かぶ空にもまた、外国の夜空を見つけていた。

その私に、この『王ドロボウJING』は驚きで、一つの楽しみになったわけだが、何話目か、確か、2話目か、3話目か、うろ覚えではあるが、この物語に婦人警官のキャラクターが出てくる。麗しいショートカットの娘で、その回限りのヒロインだ。物語は幽霊船の話で、わくわくしながら頁を捲る。そうして、物語が終わりに近づいた時、彼女が、主人公であるJINGの唇に自らの唇を重ねる、その絵を見て、私は無性にドキドキしたのを覚えている。何か、いけないものに触れたように思えて、然しそれでも私は、その本を勉強机下に置かれた少ない漫画たちに横に並べはせずに、椅子の下、本来は鞄を置く場所に隠すようにして、親の目に触れないようにしていた。そんなもの、親が見るはずもないのだが。

そうして、時折、特別な宝物を見るように、机の下に籠もって、その頁を開いては、恋人たちの口づけを眺めていた。
あれは、恋人たちの口づけではない。ただの、1話限りの感情の迸りである。然し、私には、彼らは恋人だった。キスは、神聖なものだと、幼い春にはそのように思っていた。
あの二人の関係に、恋をしていた。そのようなことを今ならバカと思うが、然し、本当のバカは今の私で、幼い彼の感情は本当である。


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