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シュトロハイム大全① 『愚なる妻』というバビロン

先日、シュトロハイムについて書いたので、『おろかなる妻』に関しても。
※現在は『おろかなる妻』。

『愚なる妻』はシュトロハイムの3本目の監督作品で、今作か『グリード』(1924年)か、そのいずれかが彼の最高傑作と目されている。

1922年の映画なので、今から1世紀前の映画である。サイレント時代はここから10年で完全な終焉を迎えていく。シュトロハイムは、1932年の『クイーン・ケリー』がほぼ最後の監督作(その後も1本、最早その残滓だが)で、その頃はトーキーの時代に入っていたが、『クイーン・ケリー』はサイレントで撮りたがって、結果サイレント映画になった。そのため、その点もあって『クイーン・ケリー』は再公開となる1950年代までは不遇の扱いの作品だった。

『愚なる妻』の主人公であるカラムジンは、贋ロシア貴族であり、二人の従姉妹を引き連れている。そして、ボルゾイ犬を従えている。
彼らは詐欺師集団であり、金持ちを手玉に取って、金を掠め取ろうとする。無論、女性の肉体も。

いかがわしい三人組。冒頭、こいつらが飯を食っているのだが、カラムジンはキャビアを食べている。モノクロなのでキャビアじゃなくてもわからないのだが、ちゃあんとキャビアを用意させて気分を高めてリアリズムを徹底させるシュトロハイム。制作費も高くなりました。

このカラムジン一派が、モンテカルロに滞在しており、ここにやってきたアメリカ人夫婦をターゲットにする話である。簡潔に言えば。

『愚なる妻』は莫大な予算を投じて制作された映画で、無論、最初はそんなに金を使う予定ではなかったが、度重なる再撮や、シュトロハイムの完璧主義、所謂、映りもしない場所まで完璧にする、例えば、今作であれば、モンテカルロのホテルはセットであるが、ここにあるベルなどを、押せば鳴るように作らせた。サイレント映画なので、鳴ったところで意味がないのだ。

こういう逸話をシュトロハイムはたくさん持っていて、様々な現場で同様のことが繰り返される。フィルムも山のように使う。
今作でシュトロハイムは100万ドルを使った。だから、湯水のように消えていくお金を逆手に取って、制作会社のユニーバサルはそれを宣伝に活用した。史上初の100万ドルを超えるウルトラ超大作だと。

『愚なる妻』は本来6時間24分の作品だが、現状は2時間23分ほどの短縮版が最長である。それでも長い部類に入るだろう。現代ならば、6時間24分の映画を撮れば、意外や前後編で公開されることもあり得るだろう。
『DUNE』だって、多分合わせれば5時間あるし、『ロード・オブ・ザ・リング』のエクステンデッドエディション版は11時間40分くらいある(3本合わせて。本来は3本でも9時間30分ほどだ。旅の仲間が30分、二つの塔が40分、王の帰還が50分くらい劇場版より長いのだ。)。
然し、基本的にはそれでは一日1回しか上映出来ないし、観客が耐えられるとは到底思えない。藝術家というものは、常人には理解し難いものがある。
そして、今のバージョンは、1922年公開版とは異なっているそうで、消えているシーンも多いそうだ。

モンテカルロのセットは写真で見たらその威容、凄まじさがわかる。

これよりも少し前、D・W・グリフィスが『イントレランス』を制作した際、とんでもないセットを作り上げている。

『イントレランス』の巨大セット。USJとかにありそうだね。

今ならばCGでこれらは構成されるのだろう。それよりも一昔前はマットペインティングなどで本物のような背景画を描き合成していた。
これはまるで『神話』である。『神話』を作るために『神話』が産まれた。

このセットを作る兄弟に焦点を当てた映画まである。
『グッドモーニングバビロン!』。1987年の映画である。

私はこの映画を観ていない。然し、映画作りの映画が面白くないわけがない。


さて、もう一つのバビロン、『愚なる妻』のモンテカルロもまた、あまりにも巨大だ。セットとは思えない。

嘘みたいだろ?これ全部荒野みたいなとこに建てられた贋モンテカルロなんだぜ?

ここを舞台に様々なことが起きるが、このホテルに滞在しているヒロインである「愚なる妻」ミス・デュポンがテラスでそのものズバリ『愚なる妻』というタイトルの本を読んでいると、カラムジンが近づいてきて、なんかちょっかいを駆け出す。視線を感じてデュポンが「何なのこの男……」って思っていると、小細工でホテルのボーイにカラムジン侯爵と大声で呼ばせたりして、それが人妻の耳に入って、「あら、地位のある方なのね」とすぐに騙される。そこからはカラムジン、いや、シュトロハイムの本領発揮で、実に楽しそうに夫人を唆す。

まぁ、結婚詐欺師的な男であり、どう考えても完全にやべー奴なのだが、口が上手かったり、巧みに巧みに人心を掌握していく。恐ろしい男であり、然し、滑稽さがつきまとい続ける。

ハリウッドには軍隊の服装考証とかの仕事で潜り込んでるんでね、本人もバッチリ決めてる。映画出るときは軍服を着込むのがジャスティス。
カラムジンは贋金作りのおっさんの白痴の娘にも手を出す。香水を嗅がせて飼い慣らすように。この娘を命よりも尊いと大切にしていると、その親父から聞いたばかりなのに。それと、このローブみたいな服がオシャレで良い。
すごい顔でメイドを説得するカラムジン。こういうキャラクターが、シュトロハイム映画にはほぼ確実に登場する。メイドのデール・フラーはたくさんの小鳥や小動物と暮らしていた優しい人。

カラムジンはメイドの女性にも手を出している。身体も奪ったのだろう。彼女は、いつ結婚してくれるの?と何度も聞くが、結婚詐欺師なので、まぁ上手く愛情を伝えつはぐらかし、金をたかる。彼女が必死に貯めた財産もね。

それが最終的に女の情念を文字通り燃やして、後半の恐ろしい火焔地獄へと導くわけだが、この映画における女優さんで1番巧いのが、このメイドさんを演じるデール・フラーなのだが、彼女がシュトロハイムとミス・デュポンとの逢引を鍵穴から覗き込んで嫉妬に狂うシーンは、強烈な表情の変化で、名演である。人間の心理の恐ろしさが完璧に表現されており、ここから炎をつけるシーンなどは凄まじいものがある。

ちょうど、このシーンは先日私も購入したブルーレイのレストア版の広告で観られるので、観て欲しい。だいたい3分を超えたところだ。


基本的に、このブルーレイディスクは買いである。映像の美しさが比類ない出来だ。ネットなどに落ちているものと比べると鑑賞体験が格段に異なる。そして、ブルーレイはリージョンがアメリカと同じなので、PS4があれば海外のブルーレイは再生出来る。また、サイレント映画でたまに文字が出るだけなので、基本的なストーリーを頭に入れておけば、困ることはない。
まぁ、配送費用で数千円かかるが……。

然し、私が今作で1番好きなのは、やはりラスト、カラムジンが無垢な娘に夜這いをかけようとする恐ろしいシーンだ。ここは美しさと醜悪さが一体となった素晴らしいシーンで、スリリング極まりない。
ここから一気に物語は終焉を迎えるが、これだけキャラクターがたち、それが絡み合って、醜悪な美を見せてくれる作品はそうそうはないだろう。
モノクローム、サイレント、それぞれの欠損が何よりもきれいな世界を生み出している。





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