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両性具有殺人事件 ②

「つまりは、君は、都会の山猫なんだな。」

そう言われて、あかりは微笑んだ。的を射た、ということだろうか。私たち以外には誰もいない、放課後である。机で向かい合って、時折、星の掌を撫でながら、彼女の星座を皺から作るんだと、ひかりはそう言っている。手相占いでも、星占いでもあるわけだ。私は、そんな二人を放ってしまって、手元のスマートフォンに映る、三面記事を読んでいた。身体を椅子に縛り付けられて、焼け殺されていた死体。発見された死体は炭化してしまっていて、身元は歯型からしかわからない。けれども、捜査は難航していて、どうも、この死体は顔も見事に損壊、焼かれていて、その性別すらも判別できない。性器があるじゃないか!そう、性器がある。けれども完全に焼けていて、それならばこの死体は、
「男性でもあるし、女性でもある。」
光は、静かに微笑みながら、そう答えてみせた。睫毛が長いのが自慢で、それは私よりも長い。けれども、私は光よりもきれいな形の唇を持っているから、それで良しとしよう。光は、御名の如くに、光、としか形容ができない。美少年事件があった。光に付き纏い、所謂ストーカー行為をしている女の子を集めると、ちょうど半ダースは男の子だったという落ち。十二人の男の子女の子に愛されて、光はきれいな少年だった。今は、こうして星を弄んでいる。星は、私よりも目が鋭い。山猫、というのはまさに形容どうりで、軽いパーマのかかった髪は黒い波を打っていて、まぁ、夜空のようで、彼女は彼女で星という御名がよく似合う。
「顔を焼くってさ、どんだけの恨みだったんだろうって話。」
頬杖をついて、山猫は猫なで声で、光を挑発する。光は、何も言わずに、ただ微笑んだ。そうして笑うことが、一番に女の子、或いは男の子に愛されるコツだということを、生まれついてに識っているのだ。外はだんだんと日が暮れていく感じがしていて、浮かんでいる雲が、白くなっていく。消えていく。私は、それをずっと見つめている。
「ああ、夜の時間が来る。ヴァンパイアの時間が来ちゃう!」
芝居がかった山猫が、嬉しそうに貧血の仕草をしてみせるのがあべこべで、けれども不思議と彼女には夏の涼しさがあった。白薔薇の妖精めいていて、西洋の人形よりもかわいい日本の人形。そういうことならば、私は西洋人形と間違えられたことがある。その時は、半ズボンを履いていたから、どっちなの?と外国人の紳士に尋ねられて、ああ、日本人、と答えると、いや、性別だよ、男の子?女の子?そう聞かれたけれど、そのどちらでもないから、とは答えなかった。
 お日さまの時間が終わると、お月さまの時間が始まる。私は、光が机の上に入れっぱなしにしていた本を抜き出して、それをパラパラと捲ってみた。そうすると、光が、
「なぁ、殺されたのは、どっちだと思うよ?」
私は少し窓外を見つめて、いい匂いがしているのに気付いて、本を抱いたまま立ち上がると、窓ガラスに触れた。少し、窓が空いていて、カーテンが揺らめいている。
「そのどちらでも、ロマンがあるじゃない。」
「ファッキンロマンティックってやつだな。」
「ああ、それは悪い言葉だね。」
星がそう言った。光はただうなずくだけで、彼はどこか人ではないようだ。そういう星も、自分を吸血鬼の同族だとのたまっているが、然し、私にはどちらもが儚げに見える。それは、もうすぐ死んでしまう、いいえ、殺される人が放つ匂いのようだった。ああ、それがさっき私が感じた匂いなのかな、私はもっとたくさん窓を開いて、校庭を見つめた。
 今しがた感じた感覚、人が殺されてしまう前に放つ芳香、それというものは、あの、スマートフォンのデジタルの海で山とした野次馬に見られているあの焼死体も、同様に放っていたのだろうか。で、あるのならば、彼ら(ここでは便宜的に彼らと呼ばせて頂く、何故ならば、現時点の私らには、この人物が男性なのか女性なのかわからないのであるから)を殺した人物は、それが一期一会の出会いでもない限りは……鼻腔にこの香りを懐っていたのだろうか。何れにせよ、恨みつらみがあったのか、それとも愉快犯かはわからないが、非常な事件である。
 どうやら、光の話は、手相や占星術、はては易学に移ってしまったようで、山風蟲さんぷうこという単語が私の耳に流れ込んでくる。
「腐る、という意味だよ。今は君はだんだんと、堕落の果に向かっているようで、まさに腐るようだけれども、それは上昇の前の一腐りだ。つまり、物事は腐るけれども、そこから再生していく、終わりは始まりでしかないって話。」
一腐り、という言葉が可笑しくて、その言葉を真剣に頷きながら彼を見つめる星もまた可笑しい。薄暗くなっていく教室に、彼女の青い制服が溶けていくようである。ちょうど、白いシャツに紫のタイをした光と向かい合うと、夜空と、それに浮かぶ白い月光のように見えて、ふいに、少年に似合いは月であることを思い出した。それから、御名は体を表すものだと。きれいな青色の制服は紫陽花のようでもあるし、明け方の硝子戸のようでもある。星は、光から聞かされる言葉の数々を信じ切っているように、彼をどこかキリストを見るかのようでもある。つまりは使徒ということであるが、この美しい使徒は、山猫であることを万度忘れることもなく、さり気なくその仕草を会話の中に折り込むのがまた面白いところだった。

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