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ポートフォリオ作成基礎講座(前編)

 みなさんこんにちは。株式会社リクルートホールディングスが運営するアートセンター「BUG」のスタッフです。
 BUGではBUG Art Award関連イベントとして、菅亮平さんによる「ポートフォリオ作成基礎講座」を開設しています。ここでは、第一回目のアワードの募集期間中の2023年3月20日に開催されたレクチャーの文字起こし原稿をもとにして、菅さんに書き下ろしていただいた講義録を公開します。
 講座に参加できなかった方やもう一度内容を確認したい!という方、どうぞご活用ください。前・中・後編の全3回に分けて講座内容をお届けします。

【前編】
【中編】
【後編】


1. 講座の導入

1.1. 講師自己紹介

 菅亮平(かんりょうへい)と申します。まずは、自己紹介を簡単にさせていただきます。私は、アーティストとして、長らく東京とドイツのミュンヘンを中心に活動を行ってきました。2020年に仕事の関係で広島に引越しをしまして、現在も広島を拠点にしています。

 作品についてですが、私は「何もない・空っぽ」を意味する「Void(ヴォイド)」をめぐる思考をテーマにしてきました。多様なメディアを横断的かつ包括的に扱いながら、国内外で展覧会やアートプロジェクトを行っています。近年は、第二次世界大戦以降の歴史継承の問題にも取り組んでいます。

 2021年に、広島県福山市のiti SETOUCHIという商業施設を母体とした「SLAP(Setouchi L-Art Project)」の創設に関わる機会があり、現在は総合ディレクターという立場でコンテンポラリーアートの展覧会や各種イベントの企画・運営を行っています。

 教育活動としては、2019年に東京藝術大学油画科で非常勤講師として1年間勤務をした際に、「プレゼンテーション・スタディ」という通年のゼミを立ち上げました。それは、ポートフォリオであったり、アーカイブであったり、プロポーザルであったり、ステートメントであったり、つまり広義の「プレゼンテーション」という観点で包括される、作品制作の周辺あるいはその前後に必要とされる表現行為全般について網羅的に扱うゼミでした。

 その後、広島市立大学芸術学部に講師として着任する機会を得て、東京藝術大学で行なっていた「プレゼンテーション・スタディ」をさらに展開・拡充させるかたちで「アーティスト・セルフマネジメント概論」という授業を2021年に開設しました。

 このように私は、作品制作を行うアーティストであり、展覧会企画を行うアートディレクターであり、教育・研究業を行う大学教員でもあります。そうした複数の立場からの複合的な視点に基づいて、アートワールドの中での制度やさまざまな問題について立体的に考えていくスタンスを重視しています。今日も、そうした自身のユニークネスを活かした視点でレクチャーを進めていきたいと思っています。

1.2. アーティストの二つの技能

 今日はポートフォリオの講座が中心にはなりますが、導入として、私がこうしたプレゼンテーションに関わる内容を研究し、教育の現場で取り組んできたパースペクティブについてお話しさせてください。

 まず、アーティストとして必要な技能は、大きく分けて二つあると考えています。

 一つ目は、「作品を創る技能」です。アーティストは、一にも二にも作品をつくらなければアーティストとは言えません。そして、「アーティストにとって重要なのは作品である」「アーティストの99.99%の問題は作品である」というような意見もしばしば語られます。

 私自身もこうした見方に同意しないわけではないのですが、その言葉を額面通りに引き受けることは問題があると思っています。なぜかというと、作品はもちろん重要ですが、作品をつくり続けなければアーティストとは言えませんので、長期的なスパンで創作活動を継続させていくことも重要です。作品発表の機会や方法そのものを生み出し、自分の創作活動を社会化させていくこと、そしてそれを事業として継続・発展させていくためには、「活動を創る技能」もまた同時に必要なのではないかと考えています。


1.3. アーティストの生のタイムスケール

 ここまで、作品をつくり続けるということの重要性について言及してきましたが、アーティストの「生」のタイムスケールについて改めて考えてみましょう。

 アーティストは、「生まれて、生きて、死ぬ」という通常考えられる人間の生のタイムラインの中で、その生が完結するのではなく、自分が会うことのない未来の鑑賞者に向けて作品を制作するという意識が必要になってきます。また、自分が生まれる前には膨大なアーティストがいて、膨大な数の作品がつくり続けられてきたという美術史があります。

 はるか昔から連綿と育まれてきた芸術文化の総体に自分も介在していることを自覚し、自分が死んだ後の世界にも眼差しを向けること。アーティストは、そうした過去・現在・未来についての俯瞰的な視座を持っているのではないかと考えます。

 具体的な例を一つ挙げます。2022年6月から翌年の2月まで、21_21 DESIGN SIGHTでクリスト・ジャンヌ=クロードの大規模なアーカイブ展示として企画展「クリストとジャンヌ=クロード "包まれた凱旋門"」が開催されました。建造物をラッピングする手法で知られるクリストとジャンヌ=クロードの活動について、改めて解説は不要かと思います。

 彼らがこのようなプロジェクトを始めた黎明期にあたる1961年に構想した「凱旋門を布で包む」というプランは、彼らの死後の2021年に実現しました。このように、アートワークは必ずしも死によって断絶されるわけではありません。アートを一般化して語ることは難しいのですが、アーティストにとって、自分が死んだ後に意識を向けることの重要性がよく分かる事例かと思います。


1.4. アーティスト・セルフマネジメント

 ここまでの内容を踏まえ、私が授業で取り組んでいる「アーティスト・セルフマネジメント(ASM)」という概念について説明したいと思います。「マネジメント」は「管理・経営」、従って「セルフマネジメント」は「自己管理」を意味します。ASMは「アーティストの自己管理」と直訳で解釈してもらえたらと思います。

 長期的に創作活動を行っていくためには、自分のアートワークを客観的な観点で整理し、管理・運用する能力というものが、さまざまな局面で重要になっていくのではないでしょうか。私がASMの問題として重視しているのは、以下の五つのテーマです。

[アーティスト・セルフマネジメント(ASM)の主要なテーマ]
1 アーカイブ
2 ポートフォリオ
3 プロポーザル
4 デジタルメディア
5 アートと言葉

 アーカイブは、作品の写真を撮ることを含めた活動記録一般のことです。次は今日のレクチャーのテーマですが、作品集としてのポートフォリオ。プロポーザルとは、企画書・申請書を指しています。これらを、アーティストの生のタイムラインと照らし合わせて考えてみます。

 作品制作の積み重ねによって、アーティストのアイデンティティーが成立することは言うまでもありません。つまり、アーカイブは、自分の「過去」に積み重ねられてきたものをどのようにまとめるかということです。また、ポートフォリオは、「(アーティストとしての)あなたは誰ですか?」という問いに対して、自分が何者であるのかを回答するものとしてあります。つまり、「現在」の自分を提示するメディアとしてポートフォリオというものがあると考えられます。そして、プロポーザルは、これから行う展覧会やプロジェクトの企画・申請など、あなたが「未来」においてどんなことをするのかという問題に向き合うものです。

 アーカイブを形成し、ポートフォリオを形成し、プロポーザルを形成する。これらは、それぞれ過去・現在・未来というアーティストの生の時間軸における持続的な運動の在りように対応しています。そして、そのために必要となる「デジタルメディア」を扱う技能を身に付け、私たちの社会生活で最も汎用性のあるコミュニケーション・ツールとしての「言葉」を扱う技能を養うことが、アーティストにとって重要であると考えています。

 私は、作品の内容やその成り立ちだけではなく、アーティストが自身のアートワークをどのように認識し、整理し、設定していくのかという意識の在り方に関心を持っています。前述したプレゼンテーションという領域での諸問題の検証は、アーティストとしての自己像はどのように設計され構築されうるのか、換言すれば「アーティスト・アーキテクト」という問いに繋がっていくものとして捉えられます。

 アーティストは、時間をかけてアーティストとしての自意識とアイデンティティを養っていくものです。その過程では、試行錯誤があり葛藤があって然るべきですが、確かなアイデンティティに基づいてこそ、強いプレゼンテーションを打ち出すことができると思います。

 「アーティスト・セルフマネジメント」を論じていく上では、雲をつかむような抽象的な理論だけでは不十分です。具体的なメソッドを伴った思考が重要になります。本日の講座も、アーティストとしての各自の創作活動を社会化させていくこと、すなわちキャリアパスに役立てられるような、実践的な知を念頭に置きたいと思います。しかし一方で、千差万別のキャラクターを持つアーティストがいる中で、「こうすればコンペに通る」というような、いわゆる「虎の巻」「ハウツー」として一元的に共有可能な方法論というものはあるのでしょうか?私は極めて懐疑的です。

 今日のレクチャーでは、今後の創作活動の展開のために皆さんがどのような努力をしていけるのか、具体的な提案をたくさんしていきたいと思っていますが、あくまで表現の本質に関わる問題として受け止めてもらえたらと願っています。


2. ポートフォリオの概説

2.1. ポートフォリオの目的

 前置きが長くなりましたが、ポートフォリオのレクチャーに入っていきたいと思います。

 まず、この「ポートフォリオ(portfolio)」という言葉について、クリエイティブ関係全般の領域において、聞いたことがないという人はいないと思います。アートの世界では、一般に「作品や展覧会の図版、略歴などをまとめた資料」を指し、世界共通で通用するユニバーサルな業界用語と考えて大丈夫です。

 まず最初に、ポートフォリオは「作品のアルバム」ではないということを皆さんに提唱したいと思います。過去から現在へ向かって時系列的に自分の記録がまとめられているものを仮にアルバムと呼ぶのであれば、ポートフォリオを単純にそういった成り立ちで考えることはできません。

 ポートフォリオの目的を4つ挙げてみます。まずは、みなさんもよく理解できるところで、「作品集」です。そして、「プレゼンテーションツール」と「コミュニケーションツール」、「ドキュメント(書類)」です。それぞれ意味合いとして重複しているところもありますが、これらの観点に沿って解説をしていきます。

 まず、「作品集」という観点についてですが、これは作品をはじめ創作活動の記録をもとにして、その部分あるいは全体を編集し、「本」という形式にまとめることです。この場合の本というのは、出版されている本という意味ではなく、「ページもの」という意味です。1ページ目から順々にページをめくり、最初から最後までリニアな運動の中で見られることを前提とした形式を指します。

 ポートフォリオの作製においては、作品や展覧会の写真をはじめとして創作活動の記録をきちんと取っていることが前提になります。従って、自然とアーカイブに対する理解というものが養われますし、実際のカタログや出版物を作る上でのスタディーにもなります。

 「プレゼンテーションツール」というのは、非常に重要な観点です。アーティストであれば誰しもが、実際の作品を観てもらいたいと思うでしょう。しかし、受講者の皆さんの中で《モナ・リザ》をみたことがある人は何人いるでしょうか?

 通常、展覧会を開催した場合、スペースの位置づけにもよりますが、来場者、つまり実際の作品を観ることができる人は、数百人から数千人ほどだと思います。この地球上には70億人以上の人間がいて、これから未来に誕生する人までを鑑賞者として想定すれば、自分の作品を実際にみることができる人は、全人類の0.00000…1%に過ぎません。ほとんどの人は、作品の記録をみるのです。このことからも、アーティストは、作品の現物をみせることと同様に、その記録をみせることを大事に考えなければならないと思います。

 そしてアーティストは、作品の記録に基づくポートフォリオを、自分自身をリプレゼント(代理)してくれるものとして提示していかなければなりません。他者にとっては、ポートフォリオとして示された内容を「あなた」として理解するしかない、ということなんですよね。そういった前提に立って、「自分は何者であるのか」というアイデンティティをポートフォリオを通して表明していくわけです。

 アーティストにとって作品をつくるという行為は、極めて私的な営みとして始まるものだと思います。ただ、プロフェッショナルのアーティストとして、自身の創作活動の社会性を獲得していく過程においては、ポートフォリオがプレゼンテーションツールとして持っているウェイトがあります。「自分を他者にどのように理解されたいのか?」そして「自分をどのように社会の中で位置づけていくのか?」つまり、アーティストとしての自己像を形成していく過程において、ポートフォリオ作成が果たす役割があるのではないかと思います。

 そして、「コミュニケーションツール」についてです。アーティストも、お笑い芸人やマジシャンとちょっと近いところがあるのではと思っています。私もマジシャンのことはよく分かりませんが、普段から「マジックをみせて」と言われることを想定して、襟や袖のところにマジックのタネを仕込んでおいて人にみせる、そういうことがあるのではないかと思います。つまり私たちアーティストの状況に置き換えてみれば、「アーティストです」と自己紹介すると「どんな作品を作っているの?」と聞かれるわけですよね。

 アーティストになるということは、アーティストとして臨戦態勢で生きていくということなので、いつでもどこでも自分の作品の内容を伝えられる心構えが必要なのでないでしょうか。つまり、アートワークを介して他者と関係性を築いていくコミュニケーションに対する意識を持ち、その準備を日頃から行うことが大切なのではないでしょうか。

 ポートフォリオは「書類」でもあります。オープンコール(公募)の賞や進学、就職への応募、奨学金や助成金の申請など、キャリアメイキングにおいて重要な節目となる局面で書類として扱われます。アートの世界も実社会の一部なので、書類をもとに会議で協議をして決定するというプロセスで、人を選んだり作品を選んだりする状況があるわけです。

 レクチャーの冒頭でも提示したような、「作品さえ良ければいいんじゃない?」という考え方への問題提起にも繋がるのではないかと思いますが、言うまでもなく、ポートフォリオの提出が求められるようなアプリケーション、つまり賞や進学、就職、奨学金、助成金といったものは、その人のキャリアやプロジェクトの行末を左右する程の重要な意味を持っています。具体的な金額としても、数十万円から数百万円にのぼるものも少なくありません。

 そうしたオープンコールに応募してくる人は、自分と同じものが欲しいと考える層ということなので、大体自分と同じくらいのキャリアの人であることが多いです。ときには、作品レベルでは優劣をつけられないような、非常に拮抗したレベルで審査が行われることも想像できると思います。

 これは、選ばれる側ではなく、選ぶ側に立って考えてみると明快ですが、お金を出す側や機会を与える側は慎重にならざるをえません。審査にあたっては、「(他の人ではなく)この人にお金を渡したり機会を与えて本当に大丈夫なのだろうか?」「(他の人よりも)このお金や機会を十分に活かしてもらえるんだろうか?」というような、不安や疑念もあるのではないでしょうか。

 書類を見れば、オープンコールの目的やアプリケーションの規定を理解してレスポンスできる社会性、そして文章能力や実務能力などもある程度は分かります。こういった書類を介したコミュニケーションにおいては、作品やプラン以外の部分、そうした自分の人間性もまたみられているかもしれない、ということも考える必要があるのではないでしょうか。


2.2. ポートフォリオの原則

 ポートフォリオの目的について話してきましたが、ここからは一般的な原則についてお話していきます。もちろん、ここはアートの世界ですので、形式は「自由」です。自由なのですが、一般的によく用いられる形式、あるいは概ね望ましいと考えられる作法、そういう原則的な部分をお話できたらと思います。

 規格としては、やはりA4が基本です。これはなぜかと言うと、先ほど説明した「書類」という観点によるものと考えられます。A4という規格は、社会の中で圧倒的な汎用性をもっています。付け加えると、A4でポートフォリオが作られる場合には、縦位置が多いです。これは、ファイリングの際の問題に起因するでしょう。市販されているものでいえば、縦位置のクリアポケットファイルやバインダーファイルが多いですよね。

 ただ、近年はさまざまなアプリケーションの場面でもペーパーレス化が進んでおり、デジタルデータでの提出や審査が増えています。その場合には、モニターの16:9の比率で横位置の規格のほうが合理性もあるため、印刷媒体としてのA4という規格は絶対的なものではなく、アウトプットの諸条件で見直されるものだと思います。

 画像レイアウトや文字情報の表記方法を統一することも大切です。例えば、縦位置、横位置、正方形の比率の画像がそれぞれあるとすれば、それらの画像をレイアウトするサイズと位置の基準、文字のフォントやポイント数を全ページにわたって一貫して設定します。ページ途中で意味もなくレイアウトのルールが変わったり、文字のフォントが変わってたりすると、内容よりもそうした点が目について気になってしまうので、無意味に変えないほうが無難です。

 そして、バイリンガルで作るということも大切です。一般にコンテンポラリーアートの世界では英語が共通言語として認識されています。英語至上主義的な意見として言っているわけではないですが、バイリンガルで作った方が良いでしょう。日本語だけで作られているポートフォリオは、日本語話者だけを想定して作られているように解釈されないでしょうか?作品を一体誰に向けて発信しているのかという問題に立ち返ったときに、日本以外の世界を活動領域として設定する、いわば自分の目線の高さを表す意味でも、まずは日英バイリンガル表記で作ることをお勧めします。

 そして、作品の掲載順とページ構成ですが、最新の作品から過去に向かって時間を遡る形で順々に構成することが多いです。基本的には近作の仕事を最初にもってくる場合が多いですが、代表作として一番重要だと思われる作品をトップにもってくることもあります。ただ、必ずしも時間軸を基準とすることもなく、使用している表現メディアやモチーフ、シリーズごとに、章立てを行ってページを組み直すこともよくありますので、自分のアートワークの成り立ちやシステムに合致する構成を検討してください。

 ポートフォリオというものは、古くなっていきます。受講者の中には、学生の方もいるかもしれません。キャリアの短いアーティストであれば作品数が少ない場合もあり、例えば大学の課題で作った作品をポートフォリオに含めることもあるかと思います。一概には言えませんが、アーティストの創作活動が5年〜10年にわたっていくと、自身のシグネチャーとなるようなスタイルやテーマも徐々に確立されていきます。そうすると活動の初期いわば模索期につくった作品のプライオリティが下がっていくこともあるのではないかと思います。つまり、時間が経てば、アートワークのシステムとワークフローが更新されて、個々の作品の位置づけやシリーズどうしの繋がり、それぞれの重要性の比重とバランス関係も変わっていくので、その都度ポートフォリオも更新する必要性が生じます。

 そして、ポートフォリオは、通常、複数のバージョンが作成されます。まず、全ての作品が掲載されたマスター版の編集データがあり、さまざまな条件に合わせて別バージョンを作成するということです。例えば、あるアプリケーションに応募する場合、その応募規定で指定されているフォーマットに合わせることが原則になります。そこで「A4の10ポケットクリアファイル1冊」という規定があった場合、マスター版から編集して20ページのダイジェスト版を作るわけですね。あるいは、シリーズごとにポートフォリオを編集することもありえますから、ケースバイケースで複数のバージョンが作成されるわけです。

(中編へ続く)