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はじめまして、新入社員の皆様。

はじめまして。こちらのノートに来てくださりありがとうございます。

マルコポーロといいます。

このノートでは、ひょんなことから転職を決意した、ふつうの、ごくふつうの。どこにでもいるOLの自分回顧録という名の、日本全国のすべての新入社員へ捧げる備忘録です。


現実と決心

大学3年の夏、世の中に「コロナ」とかいうやっかいな奴が、
まだ「おぎゃあ~」と声を上げて生まれていないころ。

私は夏のインターンシップが開催される企業一覧表と対峙して、頭を抱えておりました。

「銀行と保険、損保ばっかりやん・・・・」

一般的な大学3年生といえば、サマーインターンに始まり、来年度の早期採用に向けての動きだし、ゼミの活動、などなど、マルチタスクがかなり求められる学年になります。

私は、高校卒業後、地元福岡から上京して、志望校ではないものの、
まあ、就職にはかなり強い女子大に合格し、華の女子大生ライフを送っていました。

私は、昔から上昇志向が強く、東京に出てきたのも、東京=出世する場所
という認識がすごくあったからなのです。

そんな中、就職という波を目の前にした私。
東京で生活していくには、それそうなりの生活力がいる。ただ、自分の生活レベルは絶対に下げたくない。(所謂シャウエッセン論争です。こんな気持ちが生まれるような環境にいたこと、親には本当に感謝しています。)

そんな思いが心にまるで竜巻のように渦巻いていました。

私の周りの友人たちはみな、東京、千葉、埼玉、などなど関東圏に実家がある子たちばかりでした。

だから、生活レベルが下がる心配はない、つまり、家から出て一人暮らしする必要がなかった。
そんな友人たちが望んでいた進路先。
それが、銀行・保険・損保といった、「エリア総合職」という総合職に準ずる職種がある業界でした。

理にかなっている選択です。
だって、わざわざ実家があるのに、出る必要ある???って話です。
(さまざまな事情がある方を除いてですが)

でも。私の実家は東京にはない。
東京に実家がない→でも東京にいたい
→東京に居続けるだけの経済力がほしい
→その経済力はどうやって見つけるのか
               ↓
大手企業で、東京にある会社、かつ、総合職!!!!!!!

まあ、大学生の思考回路なんてこんなもんです。

こんな感じに思っていた私は、冒頭の
「「銀行と保険、損保ばっかりやん・・・・」」にたどり着きます。

その時は、そういった企業のインターンばかりを一覧化してくる大学に
落胆、という名の闘争心を燃やしていたのかもしれません。

しかし、ここで思ったのです。
「私はみんなとは環境が違う。だからこそ、総合職であることにこだわらななきゃ。」と。

決心のその先に待っていたもの

「大手企業に総合職で必ず就職する」という就職活動の目標を立てた20歳の私。

時は過ぎ、大学4年生の春。
大学にも多くの企業の人事が来て、会社の説明会が開催されていきました。

ある日、大教室で説明会受けていた私とその横でせっせとESを書く友人。

その友人はマンションのチラシが大好きでした。
家に投函される新築マンションのチラシをファイリングするほどで、
そこに掲載されているマンションのモデルルームを実際におとずれ、
どんな人達がそのマンションを買おうとしているのか観察するほど。

そんな風に訪れたマンションは23区別にまとめられ、マンションファイルと呼ばれていました。
そこには来客データの書き込み、立地、企業担当者の名前までびっちり。
これは彼女が輝くキラキラの理由でもあり、大好きなものでした。

彼女はそんな”大好き”から、大手信託銀行へ自分の思いのたけをぶつけるように、キラキラと輝きながらESを書いていました。
富裕層へ不動産への投資を後押ししたい。自分なら優良な投資先の不動産の知識と土地への理解がある、と。

「す、、すごい、、、、」
もはやそんな陳腐な言葉しか出てきませんでした。
こんなに情熱とキラキラをもってESが書けるなんて。

・・・私は何もない。あんなに総合職がいいって思ってたのに。
どこに行けばいいかも、何がしたいかもわからない。
まるでハリーポッターに出てくる魔法の迷路にはまったようでした。

「ピンとこんなあ、、どうしよう。」

何気なく言ったこれを聞いた友人から鶴の一声、いや天使の一言。
「マルコポーロは何が好きなの?」

確かに。私って何が好きなんだろう。


好きっていう感情は法律の前では無力」という言葉があります。
これは、私の尊敬するコラムニスト ジェーン・スーさんの言葉です。

それは男女のLOVEからくる痴情のもつれに法は容赦ない、
ということです。しかし、自分が愛するモノコトのLOVEだったら。

そのLOVEに気づいたとき、人はキラキラ輝いて見え楽しくなります。

私も、彼女の一言で、覚醒。キラキラとLOVEに目覚めました。
それが「食べること」だったのです。

LOVEを見つけた人たちの中にもまれて。

さて、LOVE=食べることを無事(?)みつけ、「食品メーカー」へ進路をきめた私ですが、ここで事件が。

「食品メーカーってめっちゃ倍率高いやん・・・!!!!!!」

ええ、高い。高いですとも。だって、人気の業界ですから。
あほか!知らんかったんか?!そういってやりたいです、当時の自分に(笑)

食品メーカーといえば就活生に人気の企業ランキングに毎年多くの企業が
軒並みランクインするほどの業界。
食べ物って目に見えますから、店頭で自分の会社の商品を見る機会も多いし、テレビCMも多いし、キラキラして見えますよね。
何より、、大手企業ばっかり!!!!←

そんなキラキラに惹かれたのは、ご多忙にもれず当時の私もそうでした。

倍率高いな・・・でもほとんど総合職・・・ほとんど東京本社だな・・・・「とりあえず手あたり次第、食品メーカーにES出してみよう☆彡」

そんな楽観的な感じで始まった私の就活。すでに5月の後半でした。

テストというラスボス級なやつ。

ハイ、これ。これですわ。
私、食品メーカーだけでもESめっちゃ通ったんです、なんと8社も!!!!
(これ自分の孫ができるまで語り継ぎたい自慢です。ごめんなさい。)

しかし、ここからでした。SPIに受からない。特に数学。
テストでボッコボコにやられました。何度悔しくて泣いたか。
微分なんて仕事で絶対使わないじゃんか!!!!って号泣しながら叫んでました(笑)

実は大学時代インカレサークルに入っていて、同期に数学が得意な男友達がいたんですが、こんな私を見かねた彼が何度も「数学、、俺やるよ?」って言ってくれてたんです。

でも頼りたくなかった。すごく嬉しかったけど、頼りたくなかった。
自分の力で、「食品メーカーの総合職」という場所を手に入れたかった。

今考えれば、数学ぐらい頼っていいんじゃない?とも思うんですが、当時の私はとにかく頑固で、やっと見つけたキラキラを自分で手にしたかった気持がすごく強かったように思います。
だから誰にも頼らず、孤独に必死に戦っていました。

戦ったその先。

戦い続けて早2か月。食品メーカーではないものの、別の会社2社から内定を頂いていました。

しかし、その中でポンポン進んでいた食品メーカーが1社。
本社は東京ではないものの、東京にも本社と同様の機能をもった支店があり、
「本社は東京やないけど、、、食品メーカーだしな、、、」
そう思いつつ、気づけば応募していました。

そんな気持ちで応募したこの会社。あろうことか、テストもなぜか合格。
あまりの驚きに歩きスマホ中、足首をねん挫しました。(これ本当です)
※歩きスマホは絶対ダメです。

そして、1次面接、2次面接、と進んでいき、まさかの最終面接までたどり着きました。

忘れもしないカフェテリア

最終面接を無事終えた私は、どうなっていたか。
まじでこれ。本当にこれ。(笑)

最終面接後の当時の私。

ずっと地上から2㎝くらい浮いているようにぽわーーーんとしていました。最終面接の内容なんか覚えてませんが、帰りに大量のチョコレート買って帰ったことは覚えています(笑)

最終面接から1週間。その後、そのメーカーからは連絡もなく、
「あぁ、ダメだったんだ。食品メーカーで総合職の夢は散ったな」と。
別の企業にも内定承諾を待っていただいていたので、色んな条件を見ながら
どこに行くか悩みながら悶々と毎日を過ごしていました。

卒業論文を書くため、大学のカフェテリアでもくもくと、いや、悶々とした邪念を飛ばすかごとく、パソコンに向き合っていたある夏の日。

携帯に1本の電話。


完全あきらめモードなので、若干不機嫌ぽく出てみると、それは1週間前に最終面接を受けた食品メーカーからの内定の電話でした。

【マルコポーロさんのお電話でよろしいでしょうか?】
「・・ハイ(誰やねんこいつ)」
【私、〇〇会社の人事の▲です】
「えっ・・・アッ、お世話になっております・・・」
【今回の面接の結果、弊社に内定が決定いたしました。おめでとうございます!】
「・・・・」
【もしもし?】
「アッ、本当ですか・・・?ありがとうございます(涙声)」
【もし、内定承諾していただけr】
「します!!!入社します!!!!!!」
【ありがとうございます!(笑)では、入社書類等のご案内は別途メールにてご連絡しますね!】
「あ”り”がどう”ござい”まっっ・・・す(号泣)」
【・・・就職活動、本当にお疲れ様でした。入社してマルコポーロさんにお会いできるの楽しみにしています!】
「ありがとうございます・・・!私もそれまで卒業論文頑張ります・・・」
【(笑)頑張ってください!それでは失礼いたします。】
「・・・ハイ、失礼致します。」

電話内容、長いこと読んでくださりありがとうございます(笑)
これフィクションではなく、本当に全部覚えてます。

最初はなんのことか一瞬わからなくて。気づいたら泣いてました。
「あぁ、食品メーカーに就職できた」って安堵の涙だったのかもしれないし、就職活動の疲れからくる涙だったのかもしれません。

ただ、あの日はものすごく暑くて、クーラーがガンガンにきいたカフェテリアにいて、アイスティーを飲みながら、パソコンをしていて、服は黄色のワンピースと新しく買ったサンダル、1年生から使っている鞄に、バイト用のエプロンを入れていたこと。卒業論文用の参考資料のコピーもたくさん入っていて、、全部全部鮮明に覚えています。

後々、電話してくださった人事の方に私のことを覚えているか聞いたら、

【めっちゃ覚えてるよ!!だっていきなり声聞こえなくなったと思ったら泣いてたからさあ、びっくりしたよ(笑)でも、相当就職活動が辛かったんだろうなっていうのは伝わってきたからなんかぐっと来たよ。】

当時の人事担当の方の証言

とのこと。いやあ、ほんと、すみません(笑)

そんなこんなで私の就職活動の目標であった
「大手企業で食品メーカーに総合職で必ず就職する」という目標がやっと、大学4年生7月末にかなったのでした。


次回・・・念願の食品メーカー入社した私(パート1)

入社した私の配属先とは?!
1年目の私が体験したこんなことあんなこと
絶望と復活
本当に大事なものってなんだろう

の4本でお送りします!!!!

これから転職を決意した5年目までいっきに駆け抜けていきます。

終わりに


ちょっと長くなったなって反省中。


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