見出し画像

金属バットが落ちた

去年の11月30日、僕は夜の東京をバイクで走っていた。
自分の中の感情に整理がつかなかったからだと思う。

その日、仕事を定時よりも早く切り上げた。
会社のカレンダーには17時から“会議NG”の予定をいれて、直前まで続いていたオンライン会議を、やや食い気味に終わらせてPCをパタリと閉じた。

文化にはお金を落とすべき、とは思っている。
けれど、別に劇場に通うつめるほどでもない。オンラインのライブとYouTubeとをメインに観ている、そんな距離感のお笑い好きが僕だ。

その日はM-1グランプリの準決勝だった。
観覧チケットは当然のごとく抽選落ちしてしまったから、オンラインで見る予定で。

好きな芸人がいる。
2016年くらいから、偶然みたネタをきっかけに興味をもって、週に1回YouTubeに上がるラジオでハマっていった。
型にハマらないスタイル、絶対に万人受けしなそうな、NGラインをギリギリ超えてくるトークやネタ、パンキッシュな風貌、でも大事な大会や収録だとちゃんと緊張して噛みまくっちゃうところ、強すぎる関西弁、全部が好きになった。

M-1グランプリには出場制限があり、それは「結成15年以内である」こと。
その好きな芸人は、いわゆる“ラストイヤー”の芸人だった。

好きになった次の年に初めて準決勝に進出して、地上波で放送された敗者復活戦で、テレビ越しに彼らをみたときの感動を忘れない。
それから準決勝進出は常連になってきて、あと一歩、がずっと続いていた。その度に毎年「来年がある」と自分に言い聞かせていたけれど、その“来年”がついに来なくなるのがラストイヤー。

まさかの準々決勝落ち。ただ、ファン投票の制度によって復活して、無事に準決勝まで駒を進めた。
その制度で復活した漫才師は、準決勝の出順が1番最初になる。お笑いの賞レースで「出順1番目」がいかに不利かは、色んなとこで言われている。
それでも、願い、それだけの気持ちでオンライン視聴をはじめた。

準決勝は、その日の20時に結果発表が行われる。
淡々と発表される結果。「決勝進出できるかどうか」その場にいる漫才師たちの明暗を分ける。
発表の瞬間の空気のピリ付きが、いかに彼ら彼女らが、本気でお笑いと向き合っているかの証明だと思う。

ダメだった。

金属バットが落ちた。

本当に、たくさんのお笑いを僕にくれた。

大学院生時代、深夜2時に家に帰ってきて、ウイスキーを飲んで、金属バットのラジオバンダリーを聴きながら寝落ちするのが好きだった。
深夜の研究室で金属バットが僕を支えてくれていた。就活で大変なときも、東京の幽霊がでると噂の格安ビジネスホテルで金属バットを聴いていた。
M-1が好きなんだけど、M-1が好きなんじゃなくて、金属バットがでているM-1が好きだったんだって思った。
本人の気持ちなんて、10億分の1もわからないけど、僕の10億倍悔しいとしたら、本人たちのことを想像しただけではち切れそうになった。

気づいたら、バイクに乗っていた。
行きたいところなんてなかったから、とりあえず東京タワーに向かった。
東京タワーの赤色が好きなんだけど、なんか変な装飾がされていた。それもどうでもよかった。
ただただ、冬の風が気持ちよかった。

前に住んでいた上野の老舗の銭湯に寄って、それから家に帰った。それでもまだ、自分の感情に整理はつかなかった。

The secondという賞レースが今年からできた。
簡単に言うと、もうM-1に出れなくなった人たちのための賞レース。決勝は地上波で放送される。ベテランたちのせめぎあい。M-1グランプリとは違う熱さがある大会になりそうだと思う。

準決勝のオンライン配信チケットを買った。
金属バットが決勝進出を決めた。

対戦相手のタイムマシーン3号のネタをアドリブでいれつつ、金属バットらしい、でも本気で勝ちに来ているネタ選びだった、と思う。

公式のTwitterで、ネタ直前の2人の様子が動画であがっていた。
すごい緊張しているのが伝わってきた。舞台の上ではあんなにチョケていたのに、ちゃんと緊張しているのが嬉しかった。
誰よりもネタ合わせや練習を舞台裏でしてるのに、舞台の上ではアドリブいれまくって暴れる彼らが好きだ。

彼らのファンには、イタいファンが多い。その一部でも良いと思えるよ。

金属バットが決勝にあがった。嬉しそうな2人をみて、本当に心から嬉しくなった。

これからもお笑いを届けてくれ。ずっと応援してるから。

この記事が参加している募集

もしサポートしてくださるなら、ほんとうに嬉しいです。