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リュウゼツラン(番外編)

スガラムディ村の魔女達の起こした嵐で
根を失ったアガベが、
乾燥した赤土の崖の上で横たわっていた。
「乾いてゆく・・」
醜悪な日差しからの搾取により、
水を失い、草は果てようとしていた。
だが、その時、運よく雨季がやって来た。
幾日も幾日も大地に雨が降り注ぐ事になったのだ。
その雨から生まれた黒魔術の様な濁流に、
沢山の虫や、蠕虫達が流され、
崖の下の海へ落下していった。
「哀れな命は・・・、
自分が何処に行くかなど考えない。
ただ、無意味にその絶望の水に自ら飛び込んでいくのだ。」
アガベは思った。

やがて、多くの環形類の屍を含み、
肥沃となった土壌のおかげで、
アガベは小さな根を再び生やす事が出来た。
これは驚くべき奇跡だった。
「湿気だ!!
湿気こそが命の恵みだ!!」
だが、雨季が終わり、照り付ける日は、
たちまち泥を殺し、砂・・すなわち土壌の屍を産んだ。

ある日、ペリカンがアガベの脇に止まって言った。
「草よ、お前は何をそんなに苦しんでいるのだ?」
草は言った。
「この照り付ける日差しで私は死んでいくのだ。」
するとペリカンは言った。
「しかし、その照り付ける日差しで、
お前はかつて楽園を作り、命を得ていたのだ。
そして、その時も、その日差しで沢山の命が死んだ。
私は南へ飛べば、そこに熱帯の島がある事を知っている。
だが、その島の風はここから吹いているのだ。
アガベよ。
お前は地獄にいると言うが、
本当は今、私と共に楽園にいるのだ。」
それを聞いて、草は言った。
「では、私が枯れても、貴方が見る景色が私の世界だ。
私の身体が貴方の翼だ。
私を喰らい、私の血肉を
お前の長い旅の養分にしてくれないか?
どうか、後生だからさ」
しかし、ペリカンは何も言わずに飛び去ってしまった。

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草は苦しみの大地に残され、ただ色の無い死を待った。
すると、そこに再び暖かい雨が降り注いだのだ。
そのおかげでアガベは根をさらに伸ばす事が出来た。
これなら大地の奥に根を突き刺し、
再び崖の上に腕を伸ばし、君臨する事が出来る。
「何という幸運だろうか。
もし、ペリカンに食べられていたら・・・」
その時、大地に亀裂が入り
(何と言う事だ!!挽いた豚が土を齧ったのだ!!!)、
崖が崩壊し、アガベは海の中に落ちてしまった。
死の塩に浸かり、草は、今度という今度は・・
本当にただ死を待つだけの病人となった。
「何という事だ!!
せっかく!!
せっかく、あと少しで
再び根を張る事が出来たというのに!!」
草は空に向かって叫んだ。
「我が神よ。
どうして私をお見捨てになったのですか?
私に起きた幸運は、貴方が起こしてくださった奇跡は、
全て無駄だったという事なのですか?」
すると神の声が聞こえた。
「アガベよ。それでいいのだ。
命は、何の成果も上げずにただ生き、
全てがまるで無意味の様に死んでいく為に、生まれるのだ。
お前は雨という奇跡を受け入れた。
だから、足掻いた末、不運も受け入れなければならない。
受け入れる事が愛なのだ。
受け入れない事は苦しみだからだ。
奇跡は、欲望の為に成される事はないのだ。
お前は再び地上に君臨する事が出来なかった。
だが、それによって果たされたのだ。
お前の根は永遠に楽園の土を抱くだろう。」
それを聞いてアガベは楽になった。

足掻く事。
足掻き迷う事。
結果の見えない世界で無駄に生きる事は苦しい事だ。
だが、それが神の愛を受け入れるには必要なのだ。
失う事が命には必要なのだ!!
「主よ。
我が霊をあなたに委ねます。」
そう言って、アガベは光の無い海底に沈んでいき、
それから二度と姿を見せる事は無かった。




スペイン・オペラ楽団「墓の魚」
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