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あのたび -電子ジャーの彼-

 美味しいものを食べたい、きれいな景色を見たい。旅行の目的はさまざまだが共通するのは思い出に残したいということだ。

 だからボクは誰も行かないような国境を越えてみたくなったりした。が、ここビエンチャンのRDゲストハウスで気がついたのは、日本では会えないような風変わりな旅人に出会い話を聞くことが何より楽しいという事実だ。

 ゲストハウスのロビーで頭に傷を持つ日本人がいた。ボクは彼をひそかに電子ジャーと名付けた。その愛称どおり彼はハゲ頭でぐるりと頭の上部を一周近く大きな傷跡を持っていた。ポンとボタンを押せばジャーのふたが開きそうである。
 彼を見るとその頭を見ないわけにはいかない。そんな心のやましさからボクは声をかけることができずにいた。彼の方から、

 「昨日タイから来たんだけど下痢がひどくて寝てました。明日また帰るんですけどね」と笑う。

 バンコクのウィークエンドマーケットがメチャクチャ楽しかったので、帰国する前にもう一度行きたいと言う。すると、彼はラオスには1日しか寄っていないし何も見ていないことになる。確かにラオスには見るものがない。  
 気ままに好きなところに行けるのが自由旅行者の特権ではあるが1日だけっていうのも…。

 電子ジャーにパスポートの写真を見せてもらうと、予想に反した金髪でハンサムな若者の姿が映っていた。

 「いやあこの頃はモテようモテようとしてたんだよねー。この傷隠すには金髪にするしかなかったし」

 「でも違うなって思って。隠してる場合じゃないよなって。それで頭丸めて旅に出たんです」

 バイクで事故に遭い入院し一時は医者にもうダメだと言われた。頭をパックリ開く大手術をした。本当に今生きているのは奇跡かもしれない。

 そして彼はラオスに来た。20歳を過ぎたばかりの若者が生死をさまよったあげく旅を選んだ。そして少しは何かを悟りつつある。これから何に向かって進んでいくかはわからない。旅行には普段の生活では出会えない人間が多く存在する。世界遺産を見ることよりも、わずか数時間のおしゃべりの方がボクの心には残る。

 ウィークエンドマーケットでは足の無い人たちがホフク前進をしながら観光客から金をせびっている。

 「こっちの障害者ってたくましいですね」という電子ジャーの一言が印象的だった。

ラオスルート

(つづく)


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