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【小説】漢字小説『愛(マナ)』第七話『瓏(セピア)』読了時間10分

第七話『瓏(セピア)』

 ここは「愛」のアジトから徒歩一分の書楽にある中華料理屋。

 アジトのあるビルには、警察官が見張っていた。ひとりで行くと不法侵入になりそうで、怖くて近づけないでいると、「愛」の会員で、ボクが『老け顔の少女』とココロの中で呼んでいる女性会員と鉢合わせした。

「わたし、るけい。かとうるけい。おぼえてる?」

「加藤瓏景……

 あ。小学生のとき先生に瓏景の『る』の字をとつぜん説明されてた。玲瓏という字、レイロウは、光り輝く玉という意味がある、とても美しい日本語なんだ、とか言ってさ」

「なんだあ、覚えてるじゃん。じゃあなんで「愛」で会ったときに言ってくれないわけ」

「それは、そのだな」

「何さ」

「小学校以来じゃん。だからさ人違いだったらマズいからさ」

「まだ漢字が好きなの、もうさあ、いい加減そろそろ、本当の恋とか、してもいいお年頃でしょ」

「ちょ、外で恋バナはダメやって、そこの飲食店で話そ。これも何かの縁だし」


 
「和君、さっき約束したよね。小学校の頃から、今までをさ、具体的に自己紹介して」

 瓏景の動く口元を眺めていた。

「自己紹介か、やってみる。清川和です。埼玉県越谷市生まれの。保育園と幼稚園で。児童館通いをしていました。絵を描いたり何かをつくりだす工作が好きで、小学校で瓏景と同じクラスになって」

 声をひそめる。「そこで漢字に恋をしました」

「その後、ふたりは友達になって、一緒に遊んだり、帰ったり、話しあったりしたよね。中学校では同じ学校になれず離ればなれになった。中学生では孤高のクラスメイトだった。漢字辞典と空気だけが友達。よく空気と話していた。ひとりごととは違うよ。漢字の深みにはまっていったんだ。

 高校では漢字の検定で二級を取得した。創生大学に入学してもなお、家から大学が近いために実家暮らしをつづけた。純粋すぎて女子にはあまり興味をもたなかったが、顔は思いのほか、整ってるらしく」

「え、なにそれ? あ、いいからつづけて」

「学校では寛容に人と接してきたので、女子に実はモテていたんだと思う。近寄りたくても近寄れないほど、いつも漢字に熱心で近寄りがたかったんだろうね。もったいない。女子に興味を示せばもっと青春を満喫でき、彼女もできたのに。現在二十一歳、はい以上」

 店内が物静かで周りに声がにじむ。水でぬらした紙に墨をつけた筆で字を書いている感じで、直前に発した言葉が自分でもわからなくなる。思いうかんだ言葉を声に出したので、とぎれとぎれでおそらく支離滅裂なのだろう。

 瓏景は真剣な目で店内に放たれたボクの言葉を読んでいるようだった。黒い眼球を上下に動かしながら。

「もしかして、つぎは、わたしの番とか言っちゃう感じ?」

 確認を取ってきた。うなずいてから顔をみつめると、彼女は恥ずかしそうに口を開いた。

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