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第11話 離婚と「旅行とウェディングフォト」
一度綺麗になった部屋は、いつの間にか荒れていた。
できるだけ時間を取るようにしていても、次から次へと、洗い物も、片づけるものも生まれてくる。
やはり、毎日生活をしていると、「綺麗」を保つことは難しい。
私は、改めて残り2週間のあいだだけでも、部屋の整理をしようと決意した。
妻の新生活に向けての準備は、一気に進みだした。
ようやく同居生活に向けた住居探しに彼と二人で向かい、いくつか候補を絞ったようだ。
彼は、相変わらず、不倫相手の奥さんとは、話が一向に進んでいないようだが、相手が離婚しようとしまいと、私はあまり気にしない。
とにかく、妻の住むところを確保し、妻が安心して暮らせる空間を作ってくれれば十分だった。
この時期は、とにかく離婚前にやるべきことを、すべてやっておこうと考えた。
まず、離婚届を準備するのはもちろん、名義が変わって面倒になるであろう妻に、マイナンバーカードの申し込みを駆け込みでさせ、マイナポイントをゲットしてもらった。
私の両親への報告は、遠方なので電話で終わらせた。
本当は、事情が事情なので、LINEだけの挨拶でも大丈夫だよ?と、伝えたが、妻が自分から電話をしたいと言い出し、直接最後の挨拶を済ませていた。
いつもは頼りないのに、いざという時は、しっかりとやる胆力は、さすがだな。と、見直した。
妻の両親への挨拶は、私と妻で直接報告に行った。
私としては、せっかく預けていただいたともえさんを幸せにできなくて申し訳ない。と、謝罪するつもりだったのだが、先方は、むしろ私に対して平謝りの姿勢だった。
私にありとあらゆる食べ物をご馳走してくれ、帰り際にはなぜか高級文具のプレゼントまでしてくれた。
良いお父さんとお母さんだった。
ご両親も年齢が年齢なので、私は近いうちの介護の可能性まで覚悟をしていたのだが、その機会がなくなってしまうのは、少し寂しいくらいの別れだった。
やるべき事務的な対応の見通しがつくと同時に、私は妻に2つお願いをした。
それは、ウェディングフォトを撮ってほしいというお願いと、1日だけ、時間をもらってデートをしてほしい。と、いうお願いだった。
恥ずかしい話だが、結婚指輪を含め、私は妻に、結婚らしい体験をほとんどさせていなかった。
個人的には、「結婚」という儀式にあまり興味がなかったし、それに付随するお金にあまり価値を感じなかった。
「結婚式」までには興味がなくても、ウェディングドレスには興味があった妻に対しては、「僕が太りすぎだから、痩せたら写真だけでも撮りに行こうね」と、声をかけるばかり。結局、5年間痩せることは一度もなく、約束は果たされなかった。
幸か不幸か、今回の離婚騒動を通じて、私は17kg痩せていた。
私の準備が整ったし、何より、去り行く妻の綺麗な姿を見たくて、最後の思い出を撮りに行った。
デートの日は、まずは神戸・北野ホテルに宿泊した時に食べられる「世界一の朝食」から始まった。
よくテレビで特集されている、豪華絢爛な朝食で、あまりの品数に、どれから、どう食べていいかわからなくなる華やかさだ。二人でいつか食べに行きたいね。と、テレビで見るたび話していた。
離婚が決まってから来る「いつか」だなんて皮肉な話だが、妻も積年の夢がかなったのか、ここ最近で私に見せる一番の笑顔だった。
そのあとは、ウェディングフォトを撮りに行った。
あまり気合いを入れすぎて何枚も撮ってもおかしな話になる。一番安いプランで1枚だけ撮影した。
一生で一度の晴れ姿。なんて言うが、妻のドレス姿は綺麗だった。
オプションを付けるたびに、値段が跳ね上がっていくが、つけたくなる気持ちはよくわかる。もっと早くに来ておけば良かったと後悔した。
「おめでとうございます」と悪気無しに言うスタッフの言葉に、二人でずっと苦笑いしていた。
そのあとは、梅田ルクアで買い物をした後、バル地下の赤白(こうはく)というフレンチおでんのお店に行った。
おそらく、ここが二人きりで最初に行ったお店だ。
最初は、デパ地下のお店に期待などしていなかったが、このお店は、私の期待を裏切る味で、驚いたのを覚えている。
ラーメンなどのB級グルメしか知らなかった私に、「貴腐ワイン」という甘くて華やかな味を教えてくれたのが、妻だ。
二人の趣味は、グルメだった。
「家の目の前にできたパン屋さん、カレーパンがヤバい。」
「あのスーパーで、珍しい卵が売ってたよ。」
「商店街のホルモン焼きが美味しすぎる。でも、いつも売切れ。」
「女性同伴じゃないと入れない紅茶専門店を路地裏で発見した!」
会話の半分以上がグルメの話で、外出の目的のほとんどが、外食だった。
二人がとおる道沿いで、行ったことがないお店はないほど、あらゆるお店を訪れていた。
美味しいご飯を食べている妻の顔が、私は世界で一番かわいい顔だと思っている。
ただ、その顔を、見ていたかった。
この2か月間は、正直、寂しかった。
妻の楽しそうな顔を見るたびに、嬉しいと思う気持ちもあれば、自分に何が足りなかったのだろう?と、考える時間も増えていった。
当然だが、私と過ごす時間は、昔より圧倒的に減っていた。
好きな人ができたのはわかるのだが、それと同時に、私と過ごした5年間は、すべて消え去ってしまうのだろうか?
新しい場所へと旅立つ妻の邪魔をしないように、私は存在感を消していたかったが、どうしても一度だけ試してみたかった。
この5年間の思い出が、妻の中に残っているかどうかを。
気づけば、いよいよ明日が離婚の日となっていた。
たった一日だけど、妻に時間をもらうことができて、「新婚旅行」ならぬ「離婚旅行」を実現できた。
私が思いつく限り、普通の夫婦がしているであろうイベントは、駆け込みでコンプリートできたと思う。
私は、自己中心的だな。と、思いながらも、満足をしていた。
モノやカタチに残るものに、興味が無いと思っていた私だが、最後に求めたのは、ウェディングフォトや旅行という「カタチ」だったのだ。
妻は、最後の一日を、いったいどう思っていたのだろう?
とうとう二人は夫婦として、最後の日を迎えた。
次回、最終話 離婚と「手紙」
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