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エリクサー

                              青田


 白く、か細い少年の手が漆黒の器を取る。並々注がれた赤い液体に、青白い顔が映った。痩せ細ったその身体からは、生気を感じられない。それでも少年の瞳は、未来を見据えて輝く。世の中の不平等さに嫌気がさしていた。神を怨んだ。少年は躊躇うことなく、その液体を飲み干した。

「牡丹!!」
 少女が扉を乱暴に開き、駆け込んでくる。少年は苦笑いを零した。
「千、そんなに慌ててどうしたの?」
「そりゃ慌てるでしょ! 病気が治ったって本当なの!?」
 少女は黄金の瞳を見開き、息を荒げた。少年は落ち着き払って答える。
「そうだよ。もう死を恐れなくていいんだ、永遠に」
「永遠に・・・・・・?」
 少女は少年の言葉を上手く呑み込めず、繰り返す。
「仙丹を飲んだんだ」
 仙丹とは、飲めば不老不死の力を得るという霊薬である。少女は戸惑った。
「仙丹・・・・・・あれってまだ完成していなかったはずじゃ・・・・・・」
「うん、試作段階だよ。でも待っていられない。いつ死ぬかも分からないんだから。俺が上手くいって、研究が進んだら、仙丹は皇帝に献上されるんだってさ」
 少年は以前よりも格段に元気そうだった。頬には艶があり、声も別人のように活き活きとしている。それでも、まだ安心はできない。どんな副作用が起こるのか、分からないのだから。
「身体は大丈夫なの?」
 少女は眉を下げ問いかける。
「寧ろ元気過ぎるくらいだよ。早く外に出たいのだけど、道士様がまだ駄目だって言うんだ」
 少年は唇を尖らせた。その拗ねた表情に、少女は笑う。
「なんで笑うの?」
「だって、牡丹のそんな表情久しぶりに見たんだもん。嬉しくて」
 少女は涙を拭いながら言う。
「・・・・・・変なの」
 少年は頬を赤く染め、目を逸らした。

「牡丹は不老不死になったんだよね? 何か変化あった?」
「ちょっと手かして」
 少年は少女の手を取り、自らの左胸に当てた。しかし、あるべき鼓動は無い。そこには静寂だけがあった。
「え?」
 少女の手がびくりと跳ねるが、少年はその手を離さなかった。
「人間の心臓には限界がある。動かし続けたまま永遠に生きるなんて不可能なんだ”」
「・・・・・・仙丹を飲んで、死んじゃったってこと?」
「そう。そもそもあれ、毒だよ。老いることもないし、死ぬこともない”・・・・・・。もう、死んでいるから」
「今ここで私と話している牡丹は、死んでる・・・・・・」
 少女は力なく呟く。切り揃えられた前髪が、目元に陰をつくる。
「他の毒とは違って、魂は残っているけど。俺みたいな奴を、なんていったかな・・・・・・行尸走肉(リビングデッド)?」
 なんてことない雑談のように少年は語った。少女とは対照的に、少年は落ち着いていた。
「ど、どうしてそこまでして」
 少女は言葉を絞り出す。
「死を克服したかった。不治の病に罹って、俺の傍にはいつも死がいた。体力もなく、なにもできなかった。身体さえ不老不死になれば、俺は未来を掴めるようになる。あのままじゃ、嫌だったんだ。何もできないから」
「お母様が言っていたわ、”私たちはいつも置いて行かれる側だ”って。今は皆生きているけど、死んでしまう。この世に取り残されちゃうの。・・・・・・それでもいいの?」
 少女は大変長寿な「竜族」だった。見た目は人間と変わらないが、優れた肉体と知能を持つ。
「別に構わないさ。何もできやしないあの世に興味なんてない」
 少年はそう吐き捨てた。
「死んだまま生きていくなんて、そんなの、神様が許さないよ」
 少女は少年の肩を掴む。嗚呼、やっぱり細い。人間の子どもの肩だ。大人になるはずだった肩だ。
「お前にはわからないさ、生まれた時からなんでも持っているお前には」
 そう答えた少年の瞳は、辰砂の如く赤く輝いていた。少女は知った。恋した少年が、死んでしまったことを。



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