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syrup16gの『Les Misé blue』を聴いたんだ

※まだ殴り書き

11/23日ついに発売しましたLes Misé blueを聴いたんです、今も聴いてるんですけど。

今回は私の思い出話とかどうでもいいことは抜きにして、
「これまでのシロップの総集編をしてるのかな?」
ってのを感じた。

作品の感想を言う時に、
「◯◯と比べて〜」
って一番嫌がられる答えだと思うんですけど、
今回はそれをあえて言わせようとしてるんじゃないかと思うくらい、
これまでのシロップの楽曲を匂わせてる、気がする。

I Will Come(before new dawn)はセルタイを感じる。
このまま武道館で解散ライブがスタートしてもおかしくないなって思った。

明かりを灯せは透明な日っぽくあるけど、
手首の方が近いかなと思った。
後ろでギターが細かく動いてる感じが。

Everything With YouはYour eyes closedのアンサーソングかな?
「ヤバ」って歌詞が共通してるし、
Your eyes closed:愛しかないとか思っちゃう→抱きしめてると死んでもいいや
Everything With You:愛を失くして行き着いた→首吊り台の下
なので、愛の結果で死ぬことは共通してるのに、
愛があるからこそ死を選ぶのか、
愛がないからこそ死を選ぶのかで対比になってる。

Don’t Think Twice(it’s not over)はAnything for todayのセルフオマージュですかね。
たぶんイントロのコード、リズム、ギターだけで入るのが全く同じよね。

診断書はHELL-SEEあたりと関連があるんじゃないかと。
不眠症、末期症状と並んで3大病気ソングだと思ってる。
わかりやすく病気関連の単語で漢字表記でそろえてるのはわざとなんじゃないかな。
hell-see:ドラマで彼女はこう言った 話もしたくはないわ そこだけ俺も同意した
診断書:再放送のドラマが〜開始十分で殺される俳優さんに感情移入してたらストーリーわからん
ここの歌詞もEverything With You/Your eyes closedと同じく対比になってる気がする。
ぼーっと見てたけど役者のセリフには同意できてたのに、
ちゃんと役者に感情移入して見るようになったらストーリーがわからなくなるという…

モンタージュはイマジンのアンサーソングかな?
どちらも結婚や家庭について歌ってるけど、
イマジンは、まだ見ぬ未来に漂う孤独にまだ抗ってるのに対して、
モンタージュは、既に選んでしまった孤独を受け入れながらも、選ばなかった方の世界線を生きてたであろう人生に想いを馳せている。

Maybe Understoodはcoup d'Étatっぽい。
ギターの重ね方(3本重ねてる?)や温かいスネアの音、ドラムの音が名残惜しそうに少し響く感じ。

書き出したらキリがないので、曲ごとの詳細は一旦今日はここまでにしておきます。

*個人的備忘(小ネタ)*
▼歌詞に登場するネット用語(?)
・賢者タイム(ヒーローショー)
・これじゃない感(Murder you know)
・闇堕ち(Maybe Understood)
・ドキュン層(深縁のMorning glow)

▼光/明かりがモチーフの曲名
・Drawn the Light
・AnotherDayLight
・Share the light
・光のような
・明かりを灯せ

▼映画に関する歌詞
・それはよく出来た短編映画のようだった(タクシードライバー・ブラインドネス)
・これはこれで青春映画だったよ(さくら)
・いつも同じ映画をかけて(君を壊すのは)
・観たいシーン集めた映画のような(Murder  
you know)
・懐かしい映画を観て(I Will Come(before new dawn))
・流行りのレイトショーなら私も見たけれど(Alone in Lonely)

最近のインタビューも全部読んでるんだけど、
なんていうか五十嵐隆はこの数年間で、
人生を「確定」させたんだな〜って。

俺の人生どうなるんだろう、
こうなるかもしれない、
だけどそんなことわかんないし、
ってか知らねえし、
目の前のことで精一杯だし!

って感じだったのが、

俺も人生ってこういうものなんだな、
わかってはいるけど、
こういう人生もあったかもな、
だけど今の俺はこうやって生きてるんだよな…

に変わった気がする。

「ま、悪くないよな」
に尽きるかもしれない。

それは最近のライブを観てるファンほどよくわかると思う。
様々なことに対して、五十嵐が受け入れる姿勢を見せたこと、そして実際に受け入れられたこと、
それが演奏や言動の一つ一つからよく伝わってくる。

ここからは、ファンを不快にさせそうな話。

coup d'Étatに似てる、って感じたものだから、
改めてcoup d'Étatを聴いてみた。
やっぱり似てると思うけど、
それ以上に、coup d'Étatがあまりにも素晴らしくて驚いてしまった。

そして同時に、悲しくなった。

今回のアルバムは期待してたけど、その期待を想像以上に上回ってきた。
上回ってきたけど、それでもやっぱりcopyやcoup d'ÉtatやHELL-SEEには敵わないと思う。
今回のアルバムが悪いんじゃない、
それほどまでにその時代が完成されていた。 

だから結果としては今回のアルバムは良くないよね、ってことが言いたいんじゃない。
それは絶対違う。
ただ、
「あの頃のシロップはあの頃のままで、
今のシロップは今のシロップとして」、
それを痛感させられた。

そしてそれを伝えようとしてるのは、五十嵐隆本人だと思う。
じゃなきゃ、ここまで過去の作品と比べさせるような作品を作らないと思うから。

おそらくあの頃のシロップを、
五十嵐は過去のものとして受け入れられたんだと思う。

そして今度は私たちの番が回ってきた。
「受け入れる」
という、この上ない試練を乗り越える番が。

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