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世界各地に散らばっていた小説


神のイタズラだろうか、

はたまた、ただのイタズラだろうか。

とにかく全てのページが揃おうとしていた。

ページごとにバラバラになって世界各地に散らばっていた小説。

気の遠くなるような収集活動がやっと終わる。

読みごたえというもので言えばその小説はきっとハンパないはずだ。

数百ページ。

それにしても、みんなよくちゃんと持っていてくれたものだ。想像以上の保存状態の良さに、行く先々で僕は思わず歓喜したものだった。

小説を読んだことない民族の人もちゃんと燃やさずに持っていてくれたし、

めちゃめちゃ『くしゃみ』が止まらなくて、紙がそれしかなかった人も何とか鼻をかまないでいてくれた。

持っていたその1ページにインスピレーションを受けて新作を書いてしまった作家や、

犯行予告の代わりにその一枚を残していった怪盗紳士。

ただ単に本の栞として使っていた人。

耳栓にしてて忘れてた人。

おばあちゃんの家に行った時お小遣いをその1ページに包んでもらった子供。

捜査令状だと思って掲げていた刑事。

卒業生代表としてそれを読んでしまった卒業生。

揚げたての天ぷらを置くところがそれしかなかった人も、なんとかしてくれた。

歌ってる最中に歌詞が飛んでしまって、たまたまカンペがそれだった大物アーティスト。

さらに、緊急で絶縁体を挟まなくてはいけなくなって、それしか持ってなかったのに、使わないでいてくれた人などなど……。

そのシチュエーションは数百人数百色だ。

感動的なことにそれら全ての人がこの活動を理解してくれた上で、その小説のページを快く僕に提供してくれたことだった。

全て揃わないと意味がなかったから、まったく感謝でしかない。

最初、集め始めた頃は、何の手掛かりもないし、何ページあるのかもわからなかったから、あまりにも手探りすぎて、こんな日が来るとはとても想像できなかった。

そもそも僕が行動を起こしたきっかけは、ある日その小説の1ページをウチの猫が咥えてきたことだった。

確かに理由としてはとても紙一重だ。

でもそれが最初のページや最後のページあるいは目次とかではなくて、何の山場もないシーンのところでだったから、そのまま捨ててもよかった。

実際捨てかけた。

ただ、その表現の仕方に僕の心を動かすものがあった。なんかすごく近いものを感じたのだ。まるで僕のことを書いているみたいで、捨てるのを思いとどまった。

それにウチの猫は小説がとても嫌いで、小説が近くにあるとすぐ威嚇するような性格なのに、一部とはいえ、その小説はお気に召したことが妙に気になり、興味が湧いたのだ。

全て集めるのに5年かかった。この日のために他のページは全く目を通していない。

そして今、全てが揃ってページ順にしっかり並べて、紐で綴じた現物にウチの猫は何度もすりすりしている。とてもご機嫌だ。

さあ、こころして読もう。

地球全土を股にかけたその小説を。

胸が躍る。

『地球と生命はともに進化する』とクロイツァットは言った。そこに“小説も”と加えておこう。

僕はウチの猫をなでながらその小説を読み始めた。

1ページ1ページ、まるで海や大陸をめくるかのように読み進めた。

雄大悠久の物語の世界が僕を包み込んでくれるはずだった……。

ところがだ。

その内容に不思議な既視感があった。

それは僕がこの5年間に行った場所、出会った人、感じたことなどを綴ったものだったのだ。

しかも手書きで僕の筆跡……。

もしや、と僕が思う前に、ウチの猫が僕の日記帳の剥がされた表紙の部分を咥えてきた。

どうやら全ては壮大な自作自演だったらしい。

なんと、僕は僕の日々を追いかけていたに過ぎなかったようだ。

なかなか楽しい体験だった、と思うことにしよう。

ウチの猫の名前に『ノベル』とつけた僕が悪いんだからね、きっと。




                      終

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