ペットショップで売られていた小説
「ねー、見て!きゃわいいー」
恋人がはしゃいでいる。ペットショップにて。
「そうかな」
僕にはまるでそれが可愛く見えなかった。
よくこの店には二人で顔を出すけど、こういう種類の動物は初めてだった。
展示スペースの中のそれは小説本の形をしている。小説なんだろう。
「お昼寝中かなー?」と恋人は僕の袖を摘んだ。
もともと少し変わった感性の恋人だったけど、付き合っているうちにさらに研ぎ澄まされていたようだ。
「お昼寝中だといいな」と僕。小説が起きてきても困る。
ガラス面に貼られた紹介欄には生後3ヶ月と書かれている。
まだ未完なんだろうか。
周りの他の展示スペースの中ではちゃんと子猫や子犬がかわいくコロコロ転がりながら遊んでいる。
「抱っこしてみますか?」
ずっと見ていたらスタッフさんに声をかけられてしまった。
「えーいいんですかー?」
恋人はそう言いながら自分のハンドバッグを僕に手渡してくる。
ス「すごく人懐っこい子なんですよー」
恋「わー」
このやりとりなんだろう。
バックヤードに回って、その生後3ヶ月の小説に「よしよし」と声をかけながら両手でまるで子猫を持つみたいに持ち上げてそして抱えてくるスタッフさん。
生まれてすぐの頃はハードカバーの子が多いんだそうだ。なんという概説だ。
専用のエリアのソファに座って恋人はその小説を受け取って抱っこした。
「わー、おとなしーですねー」
なでなでする恋人。
僕がもしも小説を書く仕事でもしていたなら、もう少し安定した眼差しを送れていたかもしれない。どうしても高い緊張感を持って注視してしまう。
── ペットショップですよね?ここ
ス「少し、なかも読んでみても大丈夫ですよー」
恋「えーいいんですかー?」
恋人は小説をそおっと開いて読んだりしている。「かわいいかわいい」を連発だ。
そして僕を見た。
「ねえ、この子、飼ってもいい?」
「……」
僕は最近仕事が忙しくて疲れているのかもしれない。いやもしかしたら東京そのものが疲れてしまったのかもしれない。いろんなことに……。
スタッフさんが笑顔でもうひと推ししてくる。「非常に温和でおとなしいので初めて飼うペットとしては最適ですよ」
「でも……」と僕は言ってしまった。
「でも……それって小説ですよね」
すると恋人とスタッフさんは顔を見合わせて、それからまた僕を見た。何かにつままれたような驚いた顔だ。
僕が本来するはずの顔を先にとらないでほしい。
「あなた知らないのね……」
恋人は眉根をくるおしく寄せて言った。
「世の中のみんなは小説を飼っているのよ。だから平凡な日常があるんじゃない」
月々の支払いがあまり負担にならないローンで支払う契約をして、その小説を迎え入れることになった。
自宅の本棚に先住の小説がもしいる場合の注意点をまとめてくれたものももらった。安心だ。
エサは事実だけでいいということなのでとても助かる。
「早くこの子といっしょにカフェに行けるようになったらいいわね」
「きっとそういうカフェあると思うよ」
必ずあるよ。
家に帰る途中のその車の中で、恋人はその小説にネコと名付けていた。
終
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