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2021アブダビGP 混沌のシーズンは混沌の締めくくり

B.R.Mを取り扱っています、Viron Japan株式会社のエリック・ハダです。

ご存知の通り、2021アブダビグランプリはレッドブルレーシング/ホンダエンジンのマックス・フェルスタッペン選手の勝利で、このレースを同点で迎えたハミルトン選手を下し、チャンピオンに輝きました。

ホンダエンジン30年ぶりのチャンピオン獲得

ホンダエンジンにとっては第二期となる1991年のアイルトン・セナ以来30年ぶりのチャンピオンエンジンということになりました。
第一期の話は書物でしか知り得ませんが、第二期の隆盛をテレビで観戦していた私としては、第三期で「HONDA」ロゴを見たとき「どんな活躍をしてくれるのか」と、期待に胸を膨らませていました。その第三期は当初、フルワークスとしての活動を望んでいたホンダ。ヨス・フェルスタッペンをテストドライバーとして開発を進めていたんですよね(1999年)。
実際には、フルワークスの願いは一旦お預けとなって、2000年にBARへのエンジンサプライヤーとして活動を再開。その後フルワークスとして参戦した2006年から2008年は優勝こそあったものの、全体的な成績は低迷し、2009年には撤退を決定します。幻のRA019はブラウンGPのBGP001として2009年シーズンに出走。前年から開発を進めていたマシンは、空力を味方につけており、ジェンソン・バトン/ルーベンス・バリチェロの手によってドライバータイトル、コンストラクターズタイトルを獲得するわけです。ブラウンGPの開幕からの活躍を見たとき、日本のレースファンの多くが「あと、一年、撤退を待って、ホンダエンジンで走ってくれたら、、、」と思ったはずです(さらに言えば、ブラウンGPは2010年から現メルセデスGPへと継承)。
待ちに待った第四期はマクラーレンとのジョイント。もちろん「マクラーレン・ホンダ」という文字の並びだけで、ノスタルジックな気分浸りたくなりました。しかし、結果は残酷なもので「GP2エンジンかよ!」というアロンソ選手のラジオはF1流行語(?)のような扱われ方に。この頃のマクラーレン自体に問題があったのか、エンジンが思うように行かなかったのか(回生システムも含めるのでここからはPUというべきですが)計測したわけではないのでわかりませんが、かつてのような「マクラーレン・ホンダ」ではなかったのは、明らかでした。
そして、トロ・ロッソ、レッドブルレーシングへの供給が始まってからは、メルセデスPUとの熾烈な開発競争に打ち勝ち、今回のチャンピオン獲得へ。
第四期が始まる一年前の2012年4月に打ち出されたホンダの広告、本田宗一郎氏の言葉「負けるもんか。」(もう10年以上前の広告だったのか!)
まさに低迷期があっても「負けるもんか。」と開発を続け、勝利を導く。そんな第四期だったのかと、思わされます。
(この広告は日付で分かる通り、東日本大震災一年後の広告でもありました)

マックス・フェルスタッペン選手 初のF1ワールドチャンピオン獲得

第三期のパパ・フェルスタッペン、もとい、ヨス・フェルスタッペンのテストドライバー経験と今回のマックス・フェルスタッペン選手のチャンピオン獲得。技術的に直接のつながりは無さそうですが、ホンダに関わりの深い、縁のようなものを感じます。トロ・ロッソでのデビューは2015年、当時17歳。ベテランのような気がしてしまいますが、まだ24歳。
予選でフラットスポットを作って、ソフトタイヤでのスタートを余儀なくされたり、スタートでミスするなど、流れはあまり向いてこなかった今回。チームメイトのペレス選手の助けを借りるも、ペースの差は歴然としており、万事休すの状態で、セーフティーカーラン。このままセーフティーカー先導でのチェッカーか?というところで、ハミルトン選手とフェルスタッペン選手の間にいたラップダウンのクルマのみ先行させるといったレースコントロールの謎采配によって、ラスト一周のアタック。結果、優勝でワールドチャンピオン獲得。
これは、メルセデス陣営・ハミルトン選手としては、納得いかない。しかし、放送もされた両者の握手。お互いにリスペクトして称え合う姿は、これまで何度もチャンピオンを獲得し、それ以上に何度もチャンピオンを逃してきた経験のあるハミルトン選手だからできたことであり、頂上で戦う者同士しか分かり合えない感情があったことでしょう。なにより、ああいったアクシデントがあったときに、最下位でも、3位でもなく、2位にいた。あの時2位にいたからこそ、今回の逆転劇につながったわけで、その点がもっと評価されるべきかな、と思います。
チャンピオンを決める最終ラップの最終コーナー、マシンが滑ってるんですよね。自動車レースの最高峰の最終ラップの最終コーナー。どんな精神状態でマシンコントロールをしていたのか、聞ける機会があったら聞いてみたいものです。


角田選手自己ベストの4位入賞

国際映像にも映し出される機会が多かった角田選手は自己ベストの4位入賞。
予選で1:23.011を叩き出し、その時点で予選4番手かと思われたこのタイムはトラックリミット違反でタイム抹消。その後1:23.220で予選は8番手。
もしトラックリミットがなければ、ボッタス選手を下して6番手のタイムだったんですね。プラクティス、予選、決勝通して、ガスリー選手を上回る成績で「ノレてる」様子が見て取れました。決勝でもアルピーヌ、フェラーリと互角以上に戦い、決勝は4位。あと少しで表彰台でした。
チームもセーフティーカーのタイミングで素早くピットインを完了させ、中古とはいえソフトタイヤで、ラストラップへ向かい、見事ボッタス選手をオーバーテイクしての4位獲得。セーフティーカー明けのコース上はハミルトン選手、フェルスタッペン選手、リカルド選手、ストロール選手、サインツ選手、ボッタス選手、角田選手、となっており、ラップダウンのマシンもおらず、サインツ選手とも0.5秒差と、、、もう1周あれば、、、そうしたらチャンピオンシップもわからないですからね。これは来年への楽しみとしましょう。

まとめ

歴史に残るトップ2人が同ポイントで迎えた最終戦、そして劇的な展開でフェルスタッペン選手初のチャンピオン獲得。
脚本家がいるとしたら、ベタ過ぎて、編集者から突き返されるのでは、ぐらいのストーリーでシーズンを終えたF1。
「これぞレース」「最後までわからない」「こんなの茶番劇だ」「メルセデスの速さは本物だ」などなど、感想はいろいろ。
応援するチーム、選手といった角度によっても意見はバラバラ。でもそれがスポーツでしょう。
野球でもサッカーでも喧々諤々、画面の前で、スタジアムで、ファンがあーでもない、こーでもない、と、話ができる。
モータースポーツでも表の話で喜び、どこからともなく出てきた噂話で驚愕するのは一緒。
来年もいいレースが見られることを期待しましょう。

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