RIE EGUCHI & 横井まい子|シスターフッドと音楽《2》|ふたりのマリア、そして無数のマリアたち
——12月。
空が深い菫色に染まり、「創造力」という名の星々が燦然と煌めくモーヴ街のクリスマス。
何十年も昔、英国で過ごした子供時代のクリスマスの想い出は、何人かで近所の家々を訪ね、玄関先でクリスマスソングを披露して募金を呼びかける「キャロリング」だ。今では以前ほどは行われないと聞くが、玄関の扉を開くと大人や子供の小さな即席合唱団が歌をプレゼントしてくれる光景は、忘れられないノスタルジックな一幕。この風習はヴィクトリア朝から盛んになったものだといわれる。クリスマスはいつだって音楽と結びついている。
世界がパンデミックに陥った2020年。音楽関係の仕事に携わる自分には突然あり余る時間が生じ、長年の目標だった聖書の通読を決意。毎日少しずつ1年かけて読了。私はキリスト教徒ではないが、長年その文化に親しんできたのに聖書をしっかりと読んだことがなかった。
読後に一番驚いたのが、聖書には思いのほか人間らしい生々しい物語が溢れていたことと、すべてが男性目線で書かれ、聖書の中に女性の声が乏しいこと。でも女性たちは、どの時代にも日常生活とともに教会歴も大切にし、キリスト教の精神を育んできたはず・・・。
聖書は一生かけてじっくりと読み解いていくものだが、まずは心惹かれるマリアたちに焦点を当て、菫色の雰囲気を纏う芸術と音楽で彼女たちの存在を祝福したい気持ちになった。
聖母マリア
小さな村ナザレに生まれた少女マリア。
マリアが母親に刺繍を教わる日常が描かれたラファエル前派らしい逸品。純潔の象徴である白百合を刺繍しているが、それを支えているのは天使で、受胎告知の構図を思わせる。
マリアは大天使ガブリエルより突然 「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられる」と告げられる。
天使のような僧侶と呼ばれた画家による有名な受胎告知の場面。謙虚な趣はどこか無表情にも見える。
メキシコで出現した聖母マリア。中南米で広く崇拝されている。
聖母マリアはキリストと人間の間をとりもつ仲介者のような存在。多くの絵画や音楽がマリアの優しい眼差しを崇めるように創作された。
マグダラのマリア
聖書の中でも、どこか秘密の香りをまとう存在。罪を犯して悔悟し、最後はイエスに救われるが、娼婦であるとか、小説『ダヴィンチ・コード』ではイエスの妻であるとされた。聖書では、イエスの弟子たちの中でも要となるような女性で、イエスの磔刑、埋葬、復活(ヨハネ福音書)の場面に居合わせ、「使徒たちへの使徒」だったとされている。本当のマグダラのマリアはどんな女性だったのか。想像力をかきたてるからこそ、数多くの芸術が生まれているのだろう。
17世紀スペインのリアリズムの画家により伝統的な配色の濃い紫の衣装、シンボルである香油壺が置かれ、イコノロジーが踏襲されている。
2014年に発見されたカラヴァッジョの作品は、2016年に国立西洋美術館で世界初公開され話題となった。
世界中の芸術家たちに様々な姿で描かれてきたマリアたち。
この二人以外にも聖書にマリアは登場するし、当時マリアという名前は大変ポピュラーで多くの女性がマリアという名をもっていた。聖母マリアとマグダラのマリア、そしてその他大勢のマリアたちにも思いを馳せてみることで、21世紀のマリア像を繋いでいくことができるかもしれない。
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美しいモーヴのグラデーションの壁を背にし、柔和な金色の光が立ち昇る窓辺に、得も言われぬ印象的な表情で佇む少女。頬が少し薔薇色に見えるのは、頭上で天使が優しく吹きならすラッパの旋律に、何か特別な予感を感じとっているからだろうか。ラッパはマリアのシンボルである百合の形をし、傍らにはキリスト教で様々な意味をもつ薔薇も飾られている。
モーヴ街4番地「レミーのアトリエ」のレミーちゃんがその流麗なタッチを「空気の精・シルフィードの絵筆」と表現した画家・横井まい子が、後に多くの人を虜にする稀代のヒーロー、イエス・キリストを世に送り出す期待に満ち溢れたような少女時代のマリアの尊い一瞬を切り取っている。深く塗り重ねられた色彩の中にも神々しい、エアリーな透明感も表現され、見れば見るほど新しい発見が尽きることはない。
何よりも象徴的なのは、横井まい子の21世紀のマリア像は、過去の受胎告知の構図のように大天使ガブリエルと緊張した面持ちで対面しなくとも、その気配や音楽だけで自分の運命や役割を察知し享受する、強くて、素直で高貴な直観力を持つ。モーヴ街や現代のストリートを闊歩する女性たちのメンタリティーそのものだ。
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作家名|横井まい子
作品名|光の音
アクリル・油彩・キャンバス
作品サイズ|27.3cm×22cm
額込サイズ|38.2cm×32.9cm×4.5cm
制作年|2022年(新作)
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