「七月」

  七月になりました。七月,夏。私だけでなく,誰しもたくさんの,様々な思い出があるかと思います。七月になると,私はいつもある曲を思い出し,たびたびその曲を聴き,もの思いにふけります。

 その曲は,Bloodthirthty butchers の「七月」という曲です。

 はじめて聴いたのは,中学生の頃だったでしょうか。当時アジカンに衝撃を受け,はまりにはまり,音楽というもの自体のことが大好きになった私は,アジカンのボーカルのゴッチ(後藤正文)が影響を受けたと言っている(wikipediaで調べた)バンドを聴きあさり,ブッチャーズと,ブッチャーズの「七月」に出会ったのでした。

 「七月」をはじめて聴いたとき,その長いイントロ,ものがなしい歌詞,かっこいいけれどかっこいいだけでは表現できないなんとも言えないサウンド,そしてめちゃくちゃ長いアウトロ,それらに度肝を抜かれ,以来この曲をきっかけに多くのブッチャーズの曲を聴くようになりました。しかし,やはりこの「七月」という曲は,タイトルと相まって,この時期とりわけブッチャーズの曲の中でも私に強烈なフラッシュバックを起こし,もの思いにふけさせるのです。

 そんなブッチャーズの「七月」という曲にまつわる思い出が,私にはあるのです。

 それは,私が高校2年生,17歳のときでした。そのとき私は,2年生になりクラスが変わってたくさんの新しい友人ができた頃でした。基本的には根暗な私は,地元から少し離れた高校に進学したため友人もおらず,高校1年生のときは人見知りを大発揮してしまい,あまり楽しめなかったので,高校2年生のその頃,ようやく学校生活が楽しくなってきたのでした。

 私は,くろだ君という同じクラスの友人ができました。彼はとてもおもしろく,また笑いのツボも私と同じで,何より,実家がカラオケ喫茶を経営している彼も音楽好きだったのです。そして,彼は,そのときバンドをやっていて,ボーカルだったのです。

 私は,七月のある日,くろだ君に「これ聴いてみてよ,めっちゃええから」とブッチャーズの「七月」を聴くよううながしました。そのときちょうど私は,通学に使う電車の中で「七月」をよく聴いていて,またバンドのボーカルをやっているくろだ君なら,この曲の良さをわかってくれるだろうと思い立ち,そう言ったのでした。

 「ええけど,なにこれ?」と言いながらも,くろだ君は,演奏時間が10分を超えるライブ版の「七月」を最後まで聴いてくれました。

 聴き終わってイヤホンを外したくろだ君に,私はすかさず「な?これめっちゃええやろ?胸にぐっっっと来るやろ?」と尋ねました。

 すると,くろだ君はひとこと,「ええかもしれへんけど,よーわからん」とだけ言いました。

 私は「うそやろ?なんで?めっちゃええやんこれ」とあきらめずに良さを共有させようと必死で訴えかけましたが,終始彼は「そうかなあ,まあいいとは思うけど俺にはよーわからん」と言っていました。

 私はなんだかモヤモヤした気持ちでその日は学校を出て,また帰りの電車で「七月」を聴き始めました。「なんでくろだブッチャーズの七月あんまり刺さらんかったんやろうなあ」と思いながら。

 そして,ふと,聴いている途中で思ったのです。私は「音楽を聴きながら感傷に浸ること」が好きで,くろだ君は「音楽を歌うこと」が好きだったんだと。

 私とくろだ君は,そのとき多くの共通点があるようにみえて,その中のひとつに「音楽好き」がありました。しかし,「音楽が好きであること」の背景は全然違ったんだと,そのとき思ったのです。私はくろだ君にとんでもない押し付けをしてしまったと気づきました。

 それ以来七月になると,ブッチャーズの「七月」を思い出し,同時にくろだ君とのエピソードを思い出し,安易に人の趣味や嗜好に親近感を抱いて自分の「好き」を押し付けてはいけない,と戒められます。あのときくろだ君はおそらく困惑したでしょうし,私は身勝手にも悲しい思いをしてしまいました。おおげさかもしれませんが,はじめて「人と人は完全にはわかりあえない」と感じた日でした。

 ちなみに,くろだ君とは,その日以降も仲良しで,高校を卒業した今でも連絡をとります。

 彼は覚えているかどうかわかりませんが,七月になると,私はいつも,ブッチャーズの「七月」と,くろだ君とのこの思い出を,思い出してしまうのです。

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