甘い記憶〜風街へ連れてって|#短篇小説
彼の顔を見るのは、7年ぶりだった。
オフィス街のある駅。行き交う人の間に、「彼」を見付けた。
ホームの人波に紛れて、電車に乗る姿がちらちらと見え隠れするのを確認しながら、同じ電車に乗る。
そして、列車の中で手摺りを持つ横顔―――そう、やはり紛れもない、「彼」だ。
私は彼から目が離せないまま、太陽の匂いのするジップアップパーカーの温もりを思い出していた・・・。
❆ ・ ❆
彼は、私の初めての「彼氏」だった。大学のサークルで知り合い、交際することになった。
サークルの活動後に宴会をしたとき、分乗した帰りのタクシーで彼が酔いつぶれ、「後藤さ、君の名前を大声で連呼していたよ」、と同期から聞いたのが始まりだったと思う。
そこから意識するようになって、ある日、告白された。
―――
でも私たちは、若かった故か、上手く情熱をコントロール出来なかった。
例えば私がサークルの他の男性と親しげに話していると、彼は後から急に激怒し始めるのだ。理不尽なことが許せない私は、泣いて反発したりして、喧嘩が絶えることが無かった。
だんだんそういう諍いに疲れてきた頃、大学を卒業し、それぞれ別の会社に就職して、彼は東京勤務になった。遠距離交際になると、やはり気持ちをお互いに上手く伝えきれず、ぎくしゃくしたやり取りをしながら、自然消滅した。
❆ ・ ❆
彼と別れてから、私は入社後ひと通り仕事が出来るようになって、任されることが増え、夢中で働いた。
働くことは楽しかった。海外研修に行かせてもらったり、取引先との交流や出張なども増えて、所謂「キャリア系女子」の仲間入りをしていたように思う。
何人もの同期や後輩の結婚式に出席し、ワンピースドレスを着ながら見ていて、羨ましい気持ちが無かったと言えば嘘になるが、だから直ぐに「結婚したい」ともならなかった。
・・・いや、結婚しようと思えば出来た。ふたりで会って、休日に出掛けるような相手は居たのだ。穏やかな関係―――でも、何かが足りない。
❆ ・ ❆
そして、今。
このオフィス街で勤めてから7年。
何という偶然だろう。
同じ時間、同じ車両に乗り合わせるなんて・・・
車両の隅でひっそりと見つめる「彼」の横顔が、次第に滲んでぼやけてきた。
涙が溢れないよう、嗚咽が漏れないように、懐かしい痛みに堪えていた。
(―――ねえ、貴方はまだ、独りなの・・・?)
彼がこの電車を降りるのと同時に降りよう。
・・・そう心に決めながら、私は、甘い記憶を反芻していた。
【fin】
✥松本隆トリビュート〈1〉
▶SWEET MEMORIES/幾田りら
敬愛する作詞家、松本隆氏のトリビュートアルバム YouTubeにインスパイアされて出来たお話です😊
何曲かありますので、機会があればまた違うものを創作してみる予定です!
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また、次の記事でお会いしましょう!
🌟Iam a little noter.🌟
🩷
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