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絵梨花の魔法〜手書きの名刺|#短篇小説


この短編小説は、以下のnoteの続きとなります(1話〜4話)

よろしければご高覧下さい!

↓ ↓ ↓


《登場人物》


和美:真面目な入社5年めの事務員。

少女の頃から変わらぬ雰囲気で、冒険を好まない。


絵梨花:和美の同級生。やや不良めいたところがある。背が高く、モデルのような、フォトグラファーの卵。


涼哉:手書きの名刺を和美に出した、新人のホスト。


ーーー

《前回の抜粋》


2時間ほどして。和美は自分の顔がすっきりと小さく、垢抜けたように見えて驚いた。



受付カウンター横の白い革張りのソファに座っていた絵梨花が、椅子の背後に近付いてきて、笑顔を見せた。



「・・・良いね。やっぱり似合ってる。大人っぽくなったよ。

多和田さん、彼女にメイクもしてあげてくれる?クールビューティーなイメージで」



「え、メイク・・・?」



顔を触られるのが初めての和美は、少し悲鳴に近い声を上げた。



絵梨花はまた、鏡越しに和美に笑いかけた。



「そうだよ。これから服も選びに行くの。トータルで合わせないと、ちゃんと分からないでしょ?」



戸惑うばかりの和美に言う絵梨花の顔は、まるで魔法使いみたいだった。



「ーーー和美が知らない和美を、見せてあげるよ。楽しみにしてて」

「鏡の中のアリス」




🍁絵梨花の魔法〜手書きの名刺🍁



ヘアサロンを出てから、和美と絵梨花は青山の街を出、代官山まで休みなく移動した。


有名カメラマンの助手として多忙な絵梨花は、休みの取れたその日のうちに、ホストクラブ【Over Night】に和美を連れて行きたがった。


「・・・あのさ、これから撮影の前によく行く、ヴィンテージ・ブティックへ連れて行くわ」


「ヴィンテージ?」電車の中で、和美は聞き返した。


「そう。要するに、古着を扱っているの。

古着の店って、どちらかというと、アメリカのカジュアル系が多いんだけどね。そこは、ヨーロッパ・ヴィンテージなの。雰囲気があるんだよね」


「ふーん・・・」ファッションに疎い和美には、分かったような分からないような話だ。兎に角、絵梨花に付き従っていれば間違いないのだろう。




ブティックに着いた。住宅街の間の、つたった古めかしいビルの2階。1階は駐車場になっている。


大きなガラスのウインドゥには、シックなドレスのマネキンが、何体か立っているのが見える。


階段を上がって中に入ると、フランス人みたいに髪を結い上げた50代くらいの女性が、

「いらっしゃいませ」

と静かな声で言った。


「ーーーこんにちは」絵梨花が挨拶した。


店の女性は細い金縁フレームの眼鏡をかけて、レンズ越しに、


「どうぞ。ごゆっくり」

と微笑んだ。




「今日は、3セットくらい、選んでみようか。着回しが出来るような感じでさ」


既に絵梨花は、壁に沿って設置された重厚なマホガニーの棚と、その下の金色のハンガーラックに吊るされた服たちを、1枚ずつずらして物色していた。


和美は何処どこからどう見て良いのか戸惑い、迷子のように立ちすくむばかりだった。


絵梨花は洋服のほうを向いたまま、和美に話しかける。


「ーーー和美はさ、肌を見せるようなのとか、ひらひらしたドレスみたいなのは、似合わないと思う。

それより、ちょっとクラシックな感じが良いんじゃないかな」


20分くらいかけて丁寧に店内を見ていって、絵梨花が選んだ服は6点だった。ワンピース2枚、ブラウス2枚、スカートとパンツが1枚ずつ。


ブティックの邪魔にならない隅のスペースで、絵梨花が和美に説明する。


「まず、紺色のワンピース・・・」


どちらも白襟の付いた、デザイン違いのワンピースを、ラックから交互に和美の顔の下に当てる。


「そうだねえ・・・こっちのワンピースは、ちょっとドレッシーか。

襟がカットワークレースだし、ウエスト高めにフレアになってるから、和美にはコンサバが強過ぎるかな?


もう少しシンプルなのが似合いそう、タイト系の・・・うん、これは襟がシルクで雰囲気があるし、台襟※1があって良いよね。

生地も梨地※2で高級感あるわ」


絵梨花の話はちんぷんかんぷんなので、和美は黙ってマネキンに徹していた。


「・・・ブラウスはね、色を散らしたんだ。秋冬は、ボルドーとかハニーゴールドとか綺麗だからね。落葉の色だよ?

和美は髪切ってシャープになったから、こんな色もいけそうだよ」


絵梨花は、そう言って微笑みながら、また和美にブラウスを当てた。


「ハニーゴールドのはサテン※3だから照明に映えるし、袖のカフスのビジュー※4が綺麗でしょ?これ、同色ビーズで、うまく生地と色を合わせてるね。


・・・ボルドーのブラウスは、はしご状のレースが前面にあしらわれてるから、女らしいと思う。袖がちょっと透けてるんだよね」


そして、ブラウス2枚を並べるようにラックに架けて、ロングのタイトスカートとパンツを組み合わせながら、和美に見せた。


「こっちの黒のパンツは、ある程度ゆとりがあって、良い感じでドレープ※5が出るんじゃないかな?


スカートはね・・・これ、ミモレ丈※6で裾にかけてやや広がっているよね?スリットも入って、お洒落だわ。


・・・まあ、1回、試着してみよう」


和美は目をぱちぱちさせた。


「絵梨花・・・服に詳しいのね」


感心して言うと、珍しく照れたように絵梨花が笑った。


「・・・まあね。

うち、母親がブランドのショー用の仕立てをしてたんだ。見真似だよ」


それは、初めて聞く絵梨花の家の話だった。絵梨花は、照れを誤魔化すように服をハンガーから外して、和美に手渡した。





「ーーーいらっしゃいませェ!!」

エレベーターを上がって、ホストクラブ【Over Night】に入店したとき、ホスト3名が和美と絵梨花を出迎えた。



カウンターで受付を済ませ、きらびやかな照明と、独特の音楽がかかる店内へ案内される。



和美の指名は勿論、片桐涼哉かたぎりりょうやだった。最初に見せられるホストのカタログでは、以前より垢抜けて雰囲気が変わっていた。



専門のカメラマンに撮ってもらったのだろう。名刺も流石に印刷したものになっているはずだ。



絵梨花は、前と違うホストを選んでいた。




鏡に囲まれた半円形のソファにつき、先刻買ったばかりの紺のワンピースを着て、和美はずっと胸をどきどきさせていた。


この半日で絵梨花に魔法をかけられ、シンデレラになった心持ちだった。


靴も、足首に細いベルトの付いた、履いたことの無いような高さのエナメルパンプスに変わっている。


クラブの鏡に映る自分を見ても、全く別人だった。


(何か言われるかもしれない・・・)


ホストにしては口数の少ない、涼哉の切れ長の瞳を思い出して、和美は膝の上できゅっと拳を握りしめた。





【 continue 】



▶Que Song

ちりぬるを/椎名林檎とイッキュウ



※1台襟…シャツの襟の土台となる、首周りを覆う帯状の部分のこと。襟腰えりこし襟足えりあしとも呼ばれる。

※2梨地…梨の皮のような細かい凹凸感を出した織物、または織り組織の名称を「梨地織り」と言う。また、「アムンゼン」とも言う。

※3サテン…光沢のある生地の総称。サテン生地は「朱子・繻子(しゅす)」と呼ばれる織り方で作った織り物のことを指す。

※4ビジュー…フランス語で「宝石」や「装飾品」の意味。ファッション界では、アクリルやガラスにカッティング加工を施した装飾品を指す。

※5ドレープ…「布で覆う」などの意味。布を揺らしたときに現れる自然なたるみ、流れるようなひだを指す。

※6ミモレ丈
…フランス語で「ふくらはぎの中央」という意味で、「ミモレ丈」はスカートやワンピースでふくらはぎの中間くらいまでの丈のことを指す。

BRILLIANT_Sまとめ





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また、次の記事でお会いしましょう!



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