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時の河を渡る船〜風街に連れてって|#短篇小説


この短篇小説は、こちらのお話と繋がっております。

よろしければご高覧下さいませ。(過去作すべて読めます)


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時の河を渡る船
〜風街に連れてって




7年ぶりの彼との再会から、遠距離の交際がリスタートした。


彼は週末になると関西の実家に戻って、いつも私の家まで迎えに来てくれた。


二階の窓から、彼の父親のグレイの車が家の前に寄せられるのが見えた。それはまるで、遠い海原から船がマリーナへ停泊するようだった。



その日は奈良へ行こうと言って、早めに出て高速道路に乗っていた。遠出をするときでも、彼は学生の頃と同じく地元のFM局のラジオを流していた。


選曲が良いし、慣れてるからね、と彼は言う。


「・・・懐かしいわ」


「何が?」


ハンドルを握り、前を向いたまま彼は尋ねた。


「後藤くんの運転の感じ。

・・・知ってる?結構運転って、人柄が出るのよ。

急にぐん、とスピードを落とす人とか・・・空調やラジオを細かく変える人とか、・・・あと、煙草の吸い方もね」


「何だよ、それ」

ちらりと彼は私を見る。

「営業でね・・・色んな人の車に乗るから」


「意識したこと無かったな・・・」


学生の頃。父親と、彼の運転しか知らなかった。ふたりとも安全運転のタイプで、乗っていて全然違和感がなかった。


人によって、車での「居心地」が変わるのを、この7年間で知った。
最近彼の運転に同乗するようになって、改めてその居心地の良さが当たり前ではなかったことも、知ったのだった。



そして、また違う“あのとき”・・・


私は思い出していた。


彼はこの車に乗って、私の職場まで仕事終わりに迎えに来てくれた。土曜出勤していたときだった。突然連絡が入って、


―――もう、会社のすぐそばで待ってる


とあったから、慌ててデスクを片付けて、走ってその場所へ向かった。


東京と大阪に離れた私たちは、あまり会えていなかった。そのときは3ヶ月ぶりくらいだったかもしれない。


「―――ごめんね。待たせちゃった?」


車に乗り込んだとき、彼は私をじっと見て、


「・・・・・」黙ったまま、フロントガラスに目を移した。


最初は、待たせたことで不機嫌になったのかと思ったけれど、こちらを見ずに話す様子から、理由が何となく浮かんできた。


(―――私の、この服や髪型が嫌なんだわ・・)


―――


勤め先のデザイン研究所の女性社員は、ほとんどシャープでシルエットが綺麗な黒服を着ていた。私もそれにならって、溶け込めるように全身モノトーンでまとめていた。髪型もショートにしていた。


彼は大人しいワンピース姿や、ロングヘアの私しか知らない。だからきっと、違和感を感じたのだろう。


(かぶれちゃって、別人みたいと思ってるのかな・・・)


中身は同じだよ、と言いたかったけれど、その頃はどう切り出して良いのか分からなかった。


―――この車には、色々な記憶を呼び覚ますトリガーがある。


(後藤くん、あれから黒い服を着るのはやめたの。もしまた会ったとき、がっかりさせたくなかったから・・・)


私は声に出さずに彼の横顔を見つめた。いつかこのことを話すときがあるかもしれない。でも、今じゃない気がした。




奈良に着いた。野外駐車場に停めて、春日大社の石灯籠の並ぶ参道を歩いた。途中に鹿せんべいの売店があり、訳知り顔の鹿たちがその店の周りに群れていた。


私たちは一つのせんべいの束を分け合った。なるべく仔鹿を選んでせんべいを与えたけれど、思いのほか食欲旺盛で、どんどん手元から失くなっていった。


「前に来たときはね、グルメフェスタをやってたの。その会場で美味しいものをもらってたみたいで、せんべいには見向きもしなかったわ。

・・・ほとんど減らなくて、帰りにこの近くの池の鯉に全部あげたの」


「そう・・・」


彼は冷めた顔で私を見た。


「―――誰かと来たんだ」


「・・・」


私は思わず胸が苦しくなって、口をつぐんだ。急に、不穏な空気がふたりの間に流れた。


別れてから数年したあと、彼氏以前の関係だった男友だちと来たのだが、その説明は言い訳がましくなるので、言いたくなかった。


(ああまた、こういう話の繰り返し・・・)


何も考えずに話す私がきっと悪いのだろう。でも、「但し書き」を添えなければ納得してくれないのもかなしく思うのだ。・・・どうして、心から私を信用してくれないのだろう?


しばらく、ふたりは無言だった。観光客の声と鹿たちの気配、ざわめきと静けさが共存する参道。砂利まじりの土を踏む音。


黙って歩を進めながら、話を継ぐきっかけを、掴みたくても掴みきれないもどかしさを多分、お互いに感じていた。




【 continue 】




▶Que Song

Woman “Wの悲劇”/ELAIZA


もう行かないで そばにいて
窓のそばで 腕を組んで
雪のような星が降るわ
素敵ね

もう愛せないと言うのなら
友達でも かまわないわ
強がってもふるえるのよ
声が…
ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
横たわった髪に胸に
降りつもるわ 星の破片かけら


もう一瞬で燃えつきて
あとは灰になってもいい
わがままだと叱らないで
今は…
ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
やさしい眼で見つめ返す
二人きりの星降る町


行かないで そばにいて
おとなしくしてるから
せめて朝の陽が射すまで
ここにいて 眠り顔を
見ていたいの

Woman “Wの悲劇”




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また、次の記事でお会いしましょう!



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