BREAK THROUGH〜二十億光年の記憶解凍|#短篇小説
この短篇小説は、以下のnoteの続篇となっております。
❄️これまでのお話❄️
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BREAK THROUGH
〜二十億光年の記憶解凍
俊彦は沙良が口を開くまで、ずっと身体を沙良に向けて見つめていた。
「―――私?私のこと・・・」
沙良は自分のターンが来るのは分かっていたが、どこか追いつめられた気分になり、目を逸らした。
ロンググラスをもてあそびながら、
「あのね・・・まだ、自分の中で整理できてないの。生々しい話だし・・・ずっと蓋をしてきたのよ。
それに・・・
どこから話して良いか、分からないの」
氷が溶けて、スプモーニの赤色はかなり薄くなっていた。沙良は残りの量を眺めて、考えていた。
「判は、突いたんだね?」
「そうね。調停をしてから、正式に離婚したわ」
沙良は俊彦の顔を見た。俊彦は、少し眩しそうに目をぱちぱちさせた。
しばらくふたりは黙っていた。
「・・・簡単に言うとしたら、借金と、浮気なのね」
俊彦はすぐ反応して、煙を吐きながら煙草の灰を落とした。
「借金と浮気?」
「そう。借金、なんて、普通じゃあまり聞かない言葉でしょう?
結婚前も―――結婚後も、ずっとその癖が直らなかったの。
今でも、どのくらいの額だったのか、分からないわ」
「・・・・・」
「結婚すると真面目になる、って思い込んでたのね。
だけど全く、給料明細さえ見せてくれなくて。私も、そのままにしてたのが悪いの。
暫くしたら、“支払いが滞ってる”って聞かされたの。こわくなって・・・
―――ある日、その人が入浴中に、悪いけど財布を見せてもらったの。そしたら、サラリーマン金融のカードが沢山出て来て・・・」
「―――恐ろしいな。1枚じゃないんだ」
「・・・そう。パニックになって、全部はさみを入れたのよ。
そんなことが何度かあって」
「何度か・・・相手は何と言ったんだ?」
「出張先で突然必要なときがあるとか言ってたかな?・・・忘れちゃった。お金に関しては、色々あったから・・・」
「それは・・・強烈だな」
「働いていたから、結果的に生活費をほぼ、私が出してたのね。夕飯の買い物も、光熱費なんかの支払いも。
ちゃんと、お互いに話をしておけば良かったのにね。
その人がずっと年上だったから、学生時代の名残りで、変に遠慮してたのよね」
沙良は、心なしか、俊彦の煙草を吸うペースが変わった気がした。俊彦は、憐れむように沙良を見た。
「―――迂闊だったな」
「そうね。本当に迂闊だったわね」
「・・・・・」
一旦話し始めると、閉じ込めていた記憶が、解凍されたように次々と出てくる。残念ながら、それは決して、気分の良い種類では無かった。
「びっくりする話だけど、私の財布から、お札を抜かれてたこともあったの。何かおかしい、と思ってたら、探した形跡があったのね。
でもいつも言いくるめられて。
・・・子どもが出来てから、浮気してることが分かって、とにかく色々―――
もう、これは娘のために、諦めようって思って」
「・・・・・」
俊彦は俯向いて、カウンターの一点を見て黙っていた。
「御免なさい。こんな話、長々とするものじゃないわね」
「いや・・・・」
俊彦は沙良を見た。
「こっちこそ、嫌なことを思い出させて悪かったよ。
沙良は・・・我慢しすぎだな。
そいつ、最低だよ」
そして、沙良に近い腕を背中のほうへ伸ばし、そっとぽん、ぽんと叩いた。
沙良はそのとき、自分の身につけていた鎧のようなものが、殻が砕けるように落ちていくのを感じた。
「今、実家だよな。
娘さんはもう寝てるんじゃないか?」
俊彦はいちどゆっくりと煙を吐いてから、袖口を上げて腕時計を確かめた。ステンレスのがっしりした時計。
沙良は、お互いの事情を話しつつ、帰るのを先送りしてしまっているのを、どこかで意識しながら忘れようとしていたことに気付いた。
「ん・・・そうね・・・
ちょっと待って、電話で確認する」
沙良は店の外に出て、自宅にいる母に電話した。母は絵本を読んで、寝かしつけていたらしい。
(もう、半時間ほど前に寝た)
とのことだった。
もう少し、二次会が長引きそう、もし起きたらお願いします、と頼んで、通話を切った。
席に戻ると、俊彦はどうだった?と尋ねた。大丈夫だと答えると、俊彦はカウンターの向こうのマスターに、おかわりを頼んだ。沙良にも、スプモーニをもう一杯追加した。
スツールに腰を据えて、先刻の俊彦のステンレスの腕時計を思い出した。
沙良が昔、覚えているのは、黒革のバンドの、車掌みたいな時計を着けていた学生服の俊彦だった。
年月が経ったんだな、と沙良は思った。私には、娘がいる。そのことで、俊彦が同じように感じているかもしれない。
(ひとりが―――ふたりになっているんだもの)
おかわりが同時にきて、俊彦はまた、乾杯のような仕草をした。沙良はおかしくて笑った。
「沙良」
俊彦が、真面目な顔で言った。
「これからさ、昔から分かっている同士、時々会わないか。
沢山傷ついたふたりだし、昔よりもっと、深く理解できるかもしれない。
良いところも悪いところも、話しあって乗り越えられないかな?
今日は・・・それが言いたくて、同窓会に来たんだよ」
【Fin】
▶Que Song
二十億光年の恋/MY FIRST STORY
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