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BREAK THROUGH〜二十億光年の記憶解凍|#短篇小説


 この短篇小説は、以下のnoteの続篇となっております。


❄️これまでのお話❄️

↓ ↓ ↓




《登場人物》





沙良・・・シングルマザー。一人娘が   いる。



斎藤俊彦・・・沙良の高校時代の同級生で元彼氏。




―――



《前回のハイライト》



 
「・・・そのうち、おふくろにガンが見つかって、その看護や介護で手一杯になって、でも元奥さんから一切連絡が来なくなってて。

 これはダメだなって結局、離婚することにした。

・・・あっけないもんだったよ、最後は」



「・・・・・」


 今度は沙良が黙る番だった。軽々しい返事は出来ない。



 俊彦は氷を鳴らしながらグラスを空けた。一瞬、腕時計に目を走らせる。



「・・・ま、そんなところかな。

 つまんない話だよ。



―――で、沙良はどうだった?」



 俊彦は肘をカウンターに突いて、沙良のほうへ身体を向けた。

「告白」





BREAK THROUGH
〜二十億光年の記憶解凍





万有引力とは


ひき合う孤独の力である




宇宙はひずんでいる

それ故みんなはもとめ合う




宇宙はどんどん膨らんでゆく

それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独〜谷川俊太郎


 
 俊彦は沙良が口を開くまで、ずっと身体を沙良に向けて見つめていた。


 「―――私?私のこと・・・」


 沙良は自分のターンが来るのは分かっていたが、どこか追いつめられた気分になり、目を逸らした。


 ロンググラスをもてあそびながら、


 「あのね・・・まだ、自分の中で整理できてないの。生々しい話だし・・・ずっと蓋をしてきたのよ。


 それに・・・


 どこから話して良いか、分からないの」


 氷が溶けて、スプモーニの赤色はかなり薄くなっていた。沙良は残りの量を眺めて、考えていた。


 「判は、突いたんだね?」


 「そうね。調停をしてから、正式に離婚したわ」


 沙良は俊彦の顔を見た。俊彦は、少し眩しそうに目をぱちぱちさせた。


 しばらくふたりは黙っていた。




 「・・・簡単に言うとしたら、借金と、浮気なのね」


 俊彦はすぐ反応して、煙を吐きながら煙草の灰を落とした。


 「借金と浮気?」

 「そう。借金、なんて、普通じゃあまり聞かない言葉でしょう?

 結婚前も―――結婚後も、ずっとその癖が直らなかったの。


 今でも、どのくらいの額だったのか、分からないわ」


 「・・・・・」




 「結婚すると真面目になる、って思い込んでたのね。


 だけど全く、給料明細さえ見せてくれなくて。私も、そのままにしてたのが悪いの。


 しばらくしたら、“支払いが滞ってる”って聞かされたの。こわくなって・・・



 ―――ある日、その人が入浴中に、悪いけど財布を見せてもらったの。そしたら、サラリーマン金融のカードが沢山出て来て・・・」


 「―――恐ろしいな。1枚じゃないんだ」


 「・・・そう。パニックになって、全部はさみを入れたのよ。


 そんなことが何度かあって」


 「何度か・・・相手は何と言ったんだ?」


 「出張先で突然必要なときがあるとか言ってたかな?・・・忘れちゃった。お金に関しては、色々あったから・・・」


「それは・・・強烈だな」


 「働いていたから、結果的に生活費をほぼ、私が出してたのね。夕飯の買い物も、光熱費なんかの支払いも。


 ちゃんと、お互いに話をしておけば良かったのにね。


 その人がずっと年上だったから、学生時代の名残りで、変に遠慮してたのよね」


 沙良は、心なしか、俊彦の煙草を吸うペースが変わった気がした。俊彦は、憐れむように沙良を見た。


 「―――迂闊だったな」


 「そうね。本当に迂闊だったわね」


 「・・・・・」


 一旦話し始めると、閉じ込めていた記憶が、解凍されたように次々と出てくる。残念ながら、それは決して、気分の良い種類では無かった。


 「びっくりする話だけど、私の財布から、お札を抜かれてたこともあったの。何かおかしい、と思ってたら、探した形跡があったのね。


 でもいつも言いくるめられて。


 ・・・子どもが出来てから、浮気してることが分かって、とにかく色々―――


 もう、これは娘のために、諦めようって思って」


 「・・・・・」


 俊彦は俯向いて、カウンターの一点を見て黙っていた。


 「御免なさい。こんな話、長々とするものじゃないわね」


 「いや・・・・」


 俊彦は沙良を見た。


 「こっちこそ、嫌なことを思い出させて悪かったよ。

 

 沙良は・・・我慢しすぎだな。


 そいつ、最低だよ」


 そして、沙良に近い腕を背中のほうへ伸ばし、そっとぽん、ぽんと叩いた。  


 沙良はそのとき、自分の身につけていた鎧のようなものが、殻が砕けるように落ちていくのを感じた。


 


 「今、実家だよな。


 娘さんはもう寝てるんじゃないか?」


 俊彦はいちどゆっくりと煙を吐いてから、袖口を上げて腕時計を確かめた。ステンレスのがっしりした時計。


 沙良は、お互いの事情を話しつつ、帰るのを先送りしてしまっているのを、どこかで意識しながら忘れようとしていたことに気付いた。


 「ん・・・そうね・・・

 ちょっと待って、電話で確認する」


 沙良は店の外に出て、自宅にいる母に電話した。母は絵本を読んで、寝かしつけていたらしい。

(もう、半時間ほど前に寝た)


 とのことだった。


 もう少し、二次会が長引きそう、もし起きたらお願いします、と頼んで、通話を切った。


 席に戻ると、俊彦はどうだった?と尋ねた。大丈夫だと答えると、俊彦はカウンターの向こうのマスターに、おかわりを頼んだ。沙良にも、スプモーニをもう一杯追加した。


 スツールに腰を据えて、先刻の俊彦のステンレスの腕時計を思い出した。


 沙良が昔、覚えているのは、黒革のバンドの、車掌みたいな時計を着けていた学生服の俊彦だった。


 年月が経ったんだな、と沙良は思った。私には、娘がいる。そのことで、俊彦が同じように感じているかもしれない。


 (ひとりが―――ふたりになっているんだもの)


 おかわりが同時にきて、俊彦はまた、乾杯のような仕草をした。沙良はおかしくて笑った。

 

 「沙良」


 俊彦が、真面目な顔で言った。


 「これからさ、昔から分かっている同士、時々会わないか。


 沢山傷ついたふたりだし、昔よりもっと、深く理解できるかもしれない。


 良いところも悪いところも、話しあって乗り越えられないかな?


 今日は・・・それが言いたくて、同窓会に来たんだよ」



【Fin】



▶Que Song 

二十億光年の恋/MY FIRST STORY




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 また、次の記事でお会いしましょう!



🌟Iam a little noter.🌟



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