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史上最大の無茶ブリ 〜後編〜

運命の日

今日は本番の撮影日。

集合時間はこれまた朝の4時。

まだ若かった小僧は全身筋肉痛に襲われながらも、ストレッチで強引に体を仕上げ、ロビーに降りていく。

今日が本番なのだ。

昨日1日中一緒だったので撮影隊の面々とは顔見知りだ。

ドイツから来た撮影隊、現地イタリアのコーディネイター、フランス人のプロデューサー、アメリカ人のクリエイティブ、みんなに朝から話しかけられる。

「ペラペラペーラ。ペラペラペラ??」

「イエス。イエス。グッド。グッド。」

笑顔と身振りで色々コミュニケーションできるものである。

目眩くストーリー作りの表舞台。
昨日の朝は舞台裏から覗き見していた小僧が、舞台の上にあげてもらって、みんなと同じ目線に立っている。そんな現実に朝から高揚した。

そして、もうすぐ生の中田英寿を見ることができる。なんなら撮影隊の一員として。死んでもいい。

「コゾウサン、コッチデス。」

辿々しい日本語でイタリア人のコーディネーターが小僧を連れ去る。

行った先で待っていたのは、チビとノッポのドイツ人コンビ。ノッポが何かの機材を準備しながら、英語で何か言っている。

「ペラペラペーラ。」

「?」

「ペラペラペーラ。」

「???」

チビがノッポを押し除けて、身振り手振りで解説してくれた。

どうやら、音声チーム。チビがボスで、ノッポがアシスタント。

音を撮りたいらしい。

走る真似をしながら、口で「タッタッタ。」

笑顔で答える「オーケーオーケー。」

早口で「タッタッタ。」
遅いテンポで「タッタッタ。」
「ペラペラペラ、メニーメニー、ペラペラペラ。」

なるほどなるほど色んな歩幅でテンポでいろんな足音を録るのね。了解。

するとチビは続けて、「はぁ、はぁ、はぁ。」「はっはっは。」「はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜。」と色んな息の仕方を見せてきた。

「?」
「ミー?」
「ノー、ナカータ?」

チビとノッポが小僧を指差しながら満面の笑みで、「イエス。ユー。」とハモってきた。

中田英寿の足音と、ランニング中の息遣いの「音素材」を録っておこう言うことだったのだが、当時の小僧は制作現場のリアルなどとは遠い世界の10人だったので、そこまで理解できずにただノリで答えていた。

「オーケーオーケー。」


その後すぐに「レッツゴー。」と言われ、真っ暗闇のローマの街中へ。

楽しみにしていた中田英寿も拝めず、華やかな撮影部隊もいない。

ノッポとチビが小僧を連行していく。

数ブロック大通りを歩いた後に細い路地に入る。

異国の地の早朝4時半。いくら大都会ローマとは言え人通りのない路地裏に入り込んでいく。。。

不安しかない。


そして、細い路地をしばらくクネクネ歩いた先で、少しだけ開けた四角いスペースに出た。

名もないスクエアである。イタリア、特にローマには至る所にある。

当時の小僧はそんなことも知らないので、急に立ち止まったノッポとチビに何かを言われても状況を理解できない。

「ラン。」

「ワット?」

「ラン、ラン。」

「ヒア?」

「イエス。ヒア。」

5、6メートル四方の路地裏にあるスクエアで急に走れと言われても、どこに行くんだよ。。。

「ウェア、ゴー?」

「ヒア」

ノッポが無慈悲に長い手で地面に向けて大きい丸を書いた。

誰もいない路地裏で、狂った野良犬のようにただひたすら円を描いて走り続けろ、というミッションだった。

小僧は、その行為自体が拷問になり得る底辺レベルのミッションである事すら気づかないほど高揚している。そして、指示を理解できたことでちょっと嬉しくもある。

嬉々として走り始める。昨日走った中田英寿っぽいペースで。早めのテンポで、ゆっくり大きなストライドで、色んな走り方を試しては、チビとノッポの反応を見る。

その間、息遣いも色々なバージョンで、合わせる。息をなるべくしないバージョンから、立ち止まって大きく息だけをするバージョンまで、無数の組み合わせをただひたすら録っていく。

チビがヘッドホンをしながら満足そうに手で丸をくれる。
テレビでしか見たことなかった、長い棒の先にフサフサがついたマイクを手に、ノッポも笑顔をくれる。

日が昇る前のローマの路地裏で、四角いスペースに丸を描き続ける小僧と、それを見守るヘッドホンのチビとマイクを持ったノッポ。その瞬間、世界中で最もシュールな状況を作っていたであろう事は当事者しか知らない。ただ、その当事者たちは至って真面目に何かに向かって走っていた。


朝日が登った頃、チビが満足そうにいう。

「フィニッシュ。」

みんなでハイタッチをし、固い握手をした。

チビとノッポに連れられて、近くのバールへ。コーヒーを奢ってくれるらしい。

カウンターで渡されたのは超絶ミニチュアのコーヒーカップに入った濃い色のコーヒー。ちょっと舐めてみると、本気で苦い。

苦いなんてものじゃない。とにかく苦さ。当時まだスターバックスも無い時代に小僧が想像していたのは、ファミレスのうっすいアメリカンコーヒーか、缶コーヒーである。

これはコーヒーじゃない。

ヒントを求めて隣を覗くと、ジローラモみたいなダンディーなオヤジが、同じカップにこれでもか、と言うくらい砂糖をぶち込んでいる。おそらく、4〜5袋の砂糖をぶち込んだ後、スプーンでかき混ぜていた。ジローラモがスプーンですくうとコーヒーではなく砂糖だった。甘いコーヒーじゃなく、コーヒーに浸した砂糖。

砂糖を一気に飲み干して、ジローラモは街に消えていった。

ノッポもチビも同じように砂糖を入れて飲んでいる。

何も知らない小僧は、同じようにコーヒーをまぶした大量の砂糖を一気に飲み干した。
 
前日と比べて比較的楽だったからか、早朝から日の出までみっちり走り込んできた事を忘れていた。乾いた体に最悪のマッチング。自分史上最低のコーヒー体験の完成である。それ以来2度と飲んでいないが、あれは人の飲むものではない。あの日以来イタリア人はみんなエイリアンなんじゃ無いかと思っている。

一仕事終えてホテルに戻る。あとは、中田英寿さえ見れれば、小僧の夢は完結する。

ホテルの前でチビとノッポと別れて、ホテルのロビーに戻るとそこには中田英寿はおろか、撮影隊の誰もいなかった。

撮影隊は、路地裏の小僧を置いて、本番の撮影に出てしまっていた。

チビとノッポを追いかけて、事情を聞きたかったが、彼らはすでにどこかえ消えてしまった。どこに行けば良いのか分からず、誰に聞けば良いのかも分からず、携帯も繋がらない小僧は、とりあえずロビーで待ってみる事にした。

ここまでの珍道中がドタバタすぎてあっという間にすぎていったが、この待ち時間は永遠に終わらなかった。

観光地のど真ん中のホテルのロビーで日中ずっと撮影隊の帰りを待っている小僧。

ローマの街中を43.295キロ以上走ってきた小僧。

憧れの中田英寿を見れるかもしれなかった小僧。

小僧の夢は、儚く散っていくようにしか見えなかった。



すると、昼過ぎくらいになってようやく撮影隊が戻ってきた。
 
戻ってきてロビーに隣接している会議室へ消えていった。


その際にチラッと中田英寿が見えた。顔の半分くらいは間違えいなくとらえた。

「やった!」

ミーハー度120%で、心の中でガッツポーズを作った。

生中田英寿ゲット。

小僧の夢は完結した。。。

夢見心地の小僧を、ヤクザが呼ぶ。

「ちょっと来い」 

呼ばれるままに会議室に入ると、中田英寿本人が。

状況を理解できない小僧。

淡々と、紹介され、握手をし、一言二言挨拶をし、写真を撮ってもらった。


昇天。
 


過酷な旅を乗り越え、タフなタスクをこなし、罰ゲームのような路地裏を乗り越え、最後の最後に待っていたサプライズ。何も知らない小僧を有頂天にさせるには十分過ぎるほどの展開。

小僧の人生の中で、圧倒的に強烈な出来事。

忘れようとしても忘れられない、運命が変わった日。

「この煌びやかな世界に入りたい。この中に入りたい。」

なんとなく描いた夢が、リアルな目標として設定された日。

史上最大の無茶ブリは、今の自分へと続く壮大な自分ストーリーの序章となりました。

と言うお話です。
 

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