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史上最大の無茶ブリ 〜エピローグ〜

ハラハラドキドキの会食

 無事昇天した小僧は、満足感の中でロビーのソファに座り込んでいた。
 
ヤクザが声をかけてくる。
 
「お疲れさん。おかげで無事良い画が撮れたよ。」
 
小僧は即座に立ち上がり、頭を下げる。
 
「ありがとうございました!」
 
「今夜一緒に飯行く?撮影隊のメインメンバーと。」
 
「はい!良いんですか?」
 
「良いよ。」
 
「ぜひ、ご一緒させてください。」
 
「中田も来るよ。」
 
「はい!」
 
 




 
 
 
 
 
「ん?」
 
 
 
 
 

「誰が来るって言いました?」
 
「中田。」
 
 
 
ブフォッ!!!
 
本日2度目の昇天。
 

さっき夢の時間を過ごしたばかりなのに数分後に100万倍のサプライズ。
コロス気ですか。

ヤクザの粋なはからいで、なんと中田英寿を囲む食事会に参加できる権が舞い降りてきた。

死んでも良いっていうか死んじゃう。

石造りの美しいローマが夕暮れに染まる頃、ロケバスに乗り込み街に繰り出す。

そういえば初めて街中へ出かける。
 
昼間に撮影隊を引き連れて散々走りはしたが、お出かけという意味では初めてである。
 
ただ、今宵の小僧はローマの街などどうでも良い。ソワソワが止まらない。緊張感と期待感と高揚感で感情が大渋滞中でそれどころではない。


しばらく走って、ようやく約束のレストランに着いた。

街中にある、地元ローマっ子に人気のレストランだ。 

観光本には載っていないので、観光客はいない。イタリア人のみ。

どうやら、中田英寿の行きつけらしい。
 
彼の指定でこの店になったとのこと。 

長髪で濃い顔のウェイターに案内されるまま一番奥の個室へ。
それぞれ8人席がけくらいの大テーブルが2台、横長に広がった部屋である。
 
ヤクザに促されるまま、ヤクザの隣へ座る。
心臓が喉から飛び出そう。
 
撮影隊は仕事を終えたリラックスムードでワイワイ雑談を始めている。
 
小僧の席はちょうど、個室の壁を背にして、ドアの目の前の席だったので、目線はずっとドアに釘付けだった。

いつ中田英寿が入ってきても良いように。
その瞬間を目に焼き付けるために。
 

しばらくして、入ってきた。本物が。
サングラスを外し、席に着く。
なぜかドアの前の席にドアを背にして座る。


そこは、小僧の席の真向かい。

空気を読めない小僧は、なぜか主賓の目の前に座ってしまっていたのだ。

く、苦しい。空気をください。

百戦錬磨のヤクザや撮影隊のみんなが、中田英寿を労い。
グループでの会話が始まる。


英語の分からない小僧は、ほぼ会話に参加できず、ただ中田英寿を眺めていた。


食事会も中盤に差し掛かり、色んなところで個別の会話が走り始めた頃、その時は突然にやってきた。
 
「君は、普段何してるの?」
 
あの中田英寿が小僧に話しかけてくれた。
 
「学生です!」
 
「大学生?」
 
「はい!」
 
「へー、良いな。どこの大学?」
 
「○×大学です。」
 
「あ、そうなんだ、いいね。友達いるからこの前学園祭行ったよ。」
 
え?そうなの?そんなの初耳だし、なんなら大学ほとんど行ってないし
 
「楽しい?」
 
「いや、大学はそんなに行ってなくて、、、ゴニョゴニョ。。。」
 
「あ、そうなの?じゃあ何してるの?」
 
「いや、実は何もしてなくて、、、ゴニョゴニョ。。。」
 
「いくつ?」
「中田さんの一個下です。」
 
「ダメだよ、しっかりしなきゃ。もう大人だろ?せっかく大学行ってるんなら、勉強しろよ。将来の夢とかないのか?」
 
天下の中田英寿である。
高校卒業してすぐにプロの世界に入って、Jリーグ、日本代表、W杯、セリエAペルージャときてのローマでスクデット争いという華麗なステップアップをしてきた人だ。
ここまで来るための、断固たる決意、絶え間ない努力、鉄の意志。


小僧の自堕落な生活など許容できないだろう。
いや、想像すらできないだろう。

いくらアホでもそれくらいは分かる。

顔面から火を吹きそうになるくらい恥ずかしかった。

今までの人生で一番恥ずかしかった。

何でもない自分が何もしていない事。
どこにも向かっていない事。
その考えすら持っていなかった事。
 
あの時の恥ずかしさは一生忘れないだろう。
人生で最も煌びやかな夢が、人生で最も過酷な悪夢に変わった。

中田英寿にとっては当たり前に疑問に思ったことを口にしただけなのだろう。
当たり前に「説教」してくれたのだろう。というか、説教とすら思っていないだろう。
ちっぽけな小僧にとっては、宇宙の始まりほどの衝撃が走りました。
 
今までの自分を呪い、これからに向けて固く決意をしました。

どうなろうと、新しく生まれた夢に向かって進んで行こう。と。


おまけ

ドルチェを平らげて食事会が終わる頃、長髪のウェイターがドアから入ってきて目が合った。

握手を求めてきた。小僧に。

状況もわからないのに普通に相手の手を握った。

人は握手を求められたら抵抗できずにその手を握ってしまう本能があるに違いない。
 
 
「ペラペラペーラ。ペラペーラ。ナカータ。ペーラペラペラペラ。」
 
 
何語なのかもよくわからない言語で、必死に話かけてくる。

おそらく、中田英寿に話があるに違いない。

必死に自分ではなく目の前に座る方が中田英寿であるとアピールを繰り返すが、通じない。


「ペラペラペラペラ。バティストゥータ。バティストゥータ。ペラペラ。バティストゥータ。」

手紙を片手に当時のローマのエースでありアルゼンチンの英雄でもある選手の名前を連呼する。

目の前では、中田英寿の表情がどんどん曇っていく。

イタリア人コーディネーターがたまらず立ち上がり、ウェイターに何かを囁いて部屋の外に連れ出してくれた。


目の前には鬼が座っていた。
よほど、ウェイターの行為が気に入らなかったらしい。


しばらくして、中田英寿は撮影隊やヤクザに挨拶をして帰っていった
 

小僧は、つまらない話で中田英寿を怒らせてしまった。
変なウェイターの対応も間違って中田英寿を怒らせてしまった。
悲しい気持ちになった。


イタリア人コーディネーターが先ほどの状況を説明してくれた。

長髪ウェイターはアルゼンチンから出稼ぎにきていた、バティストゥータの大ファン。どうりで髪型がそっくりだった。

今日は中田英寿が来店すると聞いて手紙を書いてきた。

どうしてもその手紙を渡したいんだ。


バティストゥータに。
 

なので、必死に懇願していたのか。
 
ただし懇願の相手は、ただの小僧でしたけどね。
おかげで、場の空気が凍りましたけどね。
本人は怒って帰ってしまいましたけどね

 「何してくれてんだよ、アルゼンチン人!!!」
 
と、悪態をついた事で、先ほどまでの恥ずかしさも和らぎ、ただ、決意だけを胸に、その日のハラハラドキドキの会食を後にした。
 
帰国したら、早速動き始めよう。
この世界に入って、ストーリー作りに携わるんだ。


この日の会食がなければ、
中田英寿の「説教」が無ければ
何もない人生を無為に過ごしているだけだったろう。

本当にありがたい。
 
中田英寿様、ありがとうございました。
ナイキ様、ありがとうございました。
ヤクザ様、ありがとうございました。


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