見出し画像

一つの時代、数多の人々。戦争とソ連を巡るインタビュー集『ボタン穴から見た戦争』『セカンドハンドの時代』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

旧ソ連圏を巡ってまとめられたインタビュー集にして、ジャーナリズムの傑作『ボタン穴から見た戦争』と『セカンドハンドの時代』

 昔々というほど昔でもない頃に、ソ連邦という広大な国があった。現在のロシア、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンやグルジア等とにかく広大な領土が社会主義によってまとめられていた。
 ソ連邦の成立は1922年、共産党の解散によって国がなくなったのが1991年とされている。このソ連圏で生きるとはどういうことなのか?という問いに真剣に向き合うジャーナリストがいる。
 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチである。ウクライナ生まれのベラルーシのジャーナリストだ。
 各地の旧ソ連圏を巡って人々から話を集めている。『ボタン穴から見た戦争』は子どもの目からみた、第二次世界大戦のインタビュー集だ。大人になったかつての子どもたちが、戦争をどう見ていたのか101もの話が納められている。
 対して『セカンドハンドの時代』はソ連邦成立から崩壊の時代を生きる、様々な世代、地域の人々の証言を集めた本となっている。どちらも重量級だが、読むと貴重な、いずれ忘れ去られてしまう市井の声が拾われている。
 よくぞここまでまとめたなと脱帽するのは簡単だけど、この著者がどれだけの心血を注いでるのかと思うと、生半可な称賛など失礼に思える。
 それくらいすごい本である。読みやすいけれど、中身は決して優しくない。あの時代に「赤い国」を生きることの凄まじさが伝わってくる。
 他国だし、自分の世代ではないから分からないと思うかもしれないけど、あえて若い世代にこそ読んで見て欲しいかも。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのユートピアの声シリーズとは?

 のっけから手前の無知を晒すのだが、実はこの作者が『戦争は女の顔をしていない』の著者であることを知らなかった。ついで言うと昔からタイトルだけ知ってる『チェルノブイリの祈り』の作者でもあると。
 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、地に足の着いた人々を取材し、まとめているのだ。話を聞くのは主に旧ソ連圏に生きている人々だ。
 下記がシリーズとテーマになる。

『戦争は女の顔をしていない』第二次世界大戦の女性軍人たちをインタビューしたもの、漫画化もされている。

『ボタン穴から見た戦争』子どもたちから見た第二次世界大戦の記憶。

『亜鉛の少年たち』以前『アフガン帰還兵の証言』として出版されていたものに、増補されたもの。アフガタ戦争についてのインタビュー集。

『チェルノブイリの祈り』原発事故についてのインタビュー集。

『セカンドハンドの時代』ソ連邦から、それ以後へ。社会主義を巡る膨大な証言集。

『ボタン穴から見た戦争』読書感想

 第二次世界大戦を生き延びた人々の記憶を辿る一冊だ。どうやって家族と別れ、または殺され、生き延びたのかが短い語りでまとまっている。文章自体は平易なのだが、内容は苛烈で、ときとして目をそむけたくなるほど。
 ナチスドイツの迫りくる恐怖が生々しく、戦時下にこれほど人間が人間に残酷になれるのかとぞっとする。この本に収められている話はどれもこれも悲惨だ、だが同時にそれでも失われない人間性の話でもある。
 疎開、ドイツ兵、孤児になる体験などいくつかのテーマに別れてるが、基本一つのインタビューは短いので、好きな箇所から読んでも問題ないのがいい。
 ときどき読み進めるのが辛いときは、別の章を拾い読みしていた。生まれたときから平和な社会に生きている身としては、背筋が伸びるような、思わず眉を潜めてしまう現実がキツイ本だった。

『セカンドハンドの時代』読書感想

 正直言って、読んでて滅茶苦茶にしんどくなる一冊。ロシアを巡るジャーナリズムでしんどい本と言えば、アンナ・ポリトコフスカヤの『ロシアン・ダイアリー』だったのだが、それに匹敵する鬱々しさを提供してくれる。
 でも、こっちも名作。『ボタン穴から見た戦争』とは異なり、こちらは大人にインタビューをしているので、話の内容が具体的で、時系列も想像しやすい。おかげで、精神的なダメージも大きい。
 社会主義、ソ連という一種の熱病から社会全体が目覚めて過酷な現実で生きていかなければならない、その大変さが容赦なく突きつけられる。
 本書は二部に分かれていて、前半が主にソ連崩壊について。後半がポストソ連崩壊になっている。
 インタビューを受ける人もアルメニアの人や、タタールの人、チェチェン戦争で子どもを亡くした人など実に多岐にわたる。
 初期の頃こそ、スターリン、レーニン、ゴルバチョフの名前が多いが、後半になるとプーチンの名前が増えてくるのも時代の変遷を感じさせる。
 
 この本には社会主義が負けたと言うけど、じゃあ資本主義が誰を幸せにしたんだという叫びや、大国ロシアに振り回され、人種差別に苦しむ人々の嘆きに満ちている。
 結局なにが正解だったか分からない、その苦痛に満ちた生々しい声をよくぞ集めたなぁと、本当に読んでて溜息をついてしまう一冊だった。

社会主義を巡る本としてもおすすめ

 私が物心がつく頃にはソ連はなかった。中国の天安門事件も遥か昔のことであり、そもそも共産主義や社会主義、ソ連という言葉に馴染みが薄い。
 親の世代は昔そういうものがあったと言うか、あくまで歴史上のことで全く身近に感じたことはない。
 そんな社会主義の国々、生活について興味を初めて持ったのは中国のユン・チアンが書いた『ワイルド・スワン』を読んだことによる。
 親や叔母が読んでいた本で、なぜか当時の自分はテレビゲームのタイトルみたいだと思っていた。だから読んで、三世代に渡る中国共産党時代の生活についてと知ったときはものすごい衝撃を受けた。
 上下巻のハードカバーなのだが、読み出すとあまりにも苛烈な内容に止めれられない。隣国の生活が身近に感じられると同時に、人々を熱中させ、狂わせるイデオロギーの凄さを問答無用で味わされた強烈な本だった。

 この意味でもう一冊忘れられない本がある。ロシアのジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤである。ロシアの暗部とも言えるチェチェン戦争を果敢に取材し、発表し続け忙殺されてしまった女性だ。
 『ロシアン・ダイアリー』と『チェチェンやめられない戦争』を読んだが、こちらもソ連から続く争いの連鎖に胸が重くなる本だった。

 今回、主に『セカンドハンドの時代』についてだが、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの本もこの系列として読むといいなと思った。
 単に、こういう時代の証言というわけではなくて、社会主義というアイディアに殉じた社会、人々を知る手がかりとしても素晴らしい本だと思う。
 どの本も簡単に消化できないし、理解するのは難しいけれど、長く読んだ側にとどまって何かを残してくれる。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?