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華やかなる銀河帝国の異国情緒に酔いしれよ!『平和という名の廃墟』アーカディ・マーティン

『平和という名の廃墟』はこんな本 
 広大なる宇宙を統べる銀河帝国に、未知なる敵が現れた。その敵はコミュニケーションが取れず、敵というよりは天災のように振る舞う。銀河帝国の臣民は驚異にさらされ、しかし主人公の故郷はその戦争を利用して己の平和を確立しようと画策する。敵の敵は味方だ_本当に?
 異文化の中に一人不利な立場で放り込まれ、敵の懐で権力闘争に巻き込まれたあげく、今度は敵味方関係なしに巻き込む戦争がやってくる。そんな圧倒的に不利な立場に置かれても、未知なる敵とのコミュニケーションを取り、平和を取り持つことが出来るのか?
 やや強引に纏めると『平和という名の廃墟』アーカディ・マーティン、早川書房はこんな内容だ。主人公は巨大な銀河帝国には属さない、小さな政治体制を維持する宇宙ステーション、ルスエル出身の外交官マヒート。
 強大な経済圏と、戦力を誇る帝国に組み込まれず、ただ経済的な交流の拡張を目指すべく、ルスエルの大使として帝国の首都へと乗り込む。
 その一方でマヒートは、自身とは異なる銀河帝国に憧れている、異国趣味の持ち主だ。自身にとっての外国語である帝国の言葉を操り、ネイティブのように帝国で臣民のように振る舞ってみたいという願望がある。
 しかし、その憧れは帝国についたその日から見事に打ち砕かれることになる。マヒートは帝国に属さない「野蛮人」として見下され、差別される。
 その偏見と不当な扱いに、苛立ちつつも帝国の文化へと惹かれるのは止められない。しかもそこで待っていたのは、怪しげな理由で死亡した前任者の死体だった。
 なぜこの前任者は死んだのか?という謎を追いつつ、帝国の権謀術数に巻き込まれていく、というのが前作、『帝国という名の記憶』になる。
 今回はその続編として帝国内の権力闘争から、帝国の敵とのコミュニケーションと、帝国と小国、臣民とそれ以外のマイノリティという様々な対立構造が重層的に描かれる。上下巻だが、読み出すと止められない、とにかくノンストップなドラマである。

帝国という艶やで華やかな世界
 
『平和という名の廃墟』の一つの魅力は銀河帝国の圧倒的な繁栄ぶりだ。気障ったらしくてお洒落で、膨大な儀式や形式があって、吟遊詩人であることがステータスとして成り立つ「高貴なる世界」である。
 『帝国という名の記憶』では、この華やかな世界を存分に描いて、その実態を暴いていくカタルシスがあった。それは皇帝が持つ絶大な権力をいかに維持するか、得るのかという、熾烈な内部の争いだ。
 今作ではこの華やかな帝国とは、どうやって運営されているのか、を戦争を通して描いていく。
 帝国というのは、他民族や他の国を支配し、拡張し、異なる文化を自分たちに同化させて発展する。帝国に自ら参加しその経済圏で繁栄するというのは、生存戦略として正解なのか?
 それとも自分たちのアイデンティティを捨てる、負けるという行為なのか?という、一筋縄ではいかないドラマが描かれる。
 この話、スペースオペラの形を借りてはいるが、中にあるテーマはグローバリゼーションが進む中で、母語と外国語、母体文化とグローバル文化の対立、共存に悩む現代社会の悩みでもあるのだ。
 栄華を極める帝国の影にある、他国との緊張、それをより的確に演出するために仰々しい言葉、独自な言い回しが多用され、その言葉に読者は酔う。一方で、無意識に光り輝く帝国の落とす影の深さも感じ取れる構造になっている。
 読み始めれば、のっけから繰り広げられる銀河帝国対宇宙人の戦争と、その文化の描写に一気に権謀渦巻く華やかな世界に酔っ払う。しかし、この光り輝く世界の影には退廃と、混乱が潜んでいる。
 遊園地みたいに単に楽しむとはいかない、危険な世界なのである。

帝国と野蛮人、権力が2人の関係を歪ませる
 この物語の魅力の一つは主人公が支配階級や、支配者層ではない「野蛮人」として、帝国の支配層に関わるという仕掛である。
 前作から登場する、「野蛮人」でかつ、外交官のマヒートを補佐するのは、銀河帝国テイクスケアランのエリート貴族、スリー・シーグラス。銀河帝国で本来なら自らの文化と相容れない被支配階級の「野蛮人」に興味津々で、抜群の頭と言語能力を持つ役人だ。
 このスリー・シーグラスの「異文化趣味」とマヒートの「帝国文化への憧れ」が異文化交流となり、2人の間に友情が芽生えて、さらに…?というドラマはこの物語の見せ場の一つだ。
 ただし、ここにも帝国と小国の力関係は反映される、作中で2人の距離が縮まり、もはや唯一無二と言ってもいい関係になる。と、思っていたのに実はやっぱりそうじゃない、と突きつけられるシーンは見ものだ。
 どこまで言っても被支配と支配の権力差っていうのは変えられない、いや是正するのが難しい。被支配側というだけで、いかに支配側の影響を受けるのかという現実は、2人の関係が成熟してきただけに胸が痛くなる。
 
 権力の不均衡とは、こうやって互いの違いを意識し、理解しあってきた人々すら容易に差別として引き裂く。そのことをたった一つのセリフだけで表現する作者の力量のすごさよ。差別は悪意なく行れるという、残酷な現実を見事に捉えている。
 それでも、そこから逃げずに問題を見据えて主人公マヒートと相棒スリー・シーグラスは銀河帝国をステーションに迫る、いや宇宙を巻き込む戦争という危機を乗り越えることが出来るのか?という疑問にどうやって、答えが出されるのかは、ぜひ本文で確かめて欲しい。
 壮大なる世界と、普遍的な良識と、一見すると不釣り合いなものが見事なバランスで一枚の絵に収められた作品だ。スペースオペラやSFなんてと、毛嫌いしないで言葉の大伽藍をご堪能あれ。

しれっとQueer で、しれっとジェンダーニュートラルな魅力
 最後にもう一つこの物語の魅力をお伝えしたい。それは、この小説には生物学的な性としての男女はあるが、名前だけでは判断しにくい点だ。
 例えば帝国テイクスケアランの人々の名前は必ず数字+名詞で構成されてる。したがって名前の字面で性別を連想するのは難しい。
 例えばスリー・シーグラス、皇帝シックス・ダイレクション、皇帝ナインティーナイン・アッズ、次期皇帝後継者エイト・アンチドートといった具合だ。
 なので読んでるときに、軍事大臣だから男性かなと思っていれば、後にサラッと女性だと言及されてびっくりする、なんて読書体験をするかも。(私は何度もあった)
 無意識に持っているジェンダーバイアスに揺さぶりをかけてくる仕掛けとして、この名付けシステムは見事な役割を果たしている。
 名前だけで性別やジェンダーの連想が出来ないことで、ヘテロ恋愛至上主義な世界やメディアにお疲れな人は、大分リラックスして楽しめるのではないだろうか。
 加えて、マヒートの前任者のイスカンダーはバイセクシャルで、銀河帝国の前皇帝と現皇帝と寝たことがある。さて、お相手のセクシャリティは何か?は読んでみてのお楽しみ。


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