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読み終わったときの痛切感が凄まじい『スクールボーイ閣下』と『スマイリーと仲間たち』

この重量感に耐えきれる?ジョン・ル・カレの名作スマイリーシリーズ

 スパイたちの容赦なき現実を描くスマイリーシリーズ第二弾と第三弾、『スクールボーイ閣下』と『スマイリーと仲間たち』を読み終えた。重量級。本当に重量級でした。
 『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』でソ連のスパイをあぶり出して、新スタートを切ったスマイリー率いる新生サーカスVSカーラのモグラ探しの『スクールボーイ閣下』。
 満を持してスマイリーとカーラの対決が描かれる『スマイリーと仲間たち』、一作一作に確実に時間が進んでいくので、三作目を読み終わるとあー終わっちゃったよーという気分になる。

『スクールボーイ閣下』はこんなお話

 ソ連の偉大なるスパイマスター、カーラのモグラが香港にいる。そのモグラを奪取するために、ジョージ・スマイリーはジェリー・ウェスタビーを香港に単独で潜入させる。
 舞台は香港と、きな臭い戦争が生々しく描かれるベトナム、タイ等、そしてそれを文字通りコントロールするイギリスと、スケールが大きい。ジョージ・スマイリーがイギリスで腰を据えて、指示を下す。
 その指示を元に工作員のジェリー・ウェスタビーがモグラを探って香港の界隈に潜っていく。こちらはアクション満載だ、旧知の仲間、現地の知り合い、身分を偽り知り合う怪しい人々。
 『ティンカー、テイラー、〜』がジョージ・スマイリーが主に、手足として使うのはピーター・ギラムだが、今回はジョージ・スマイリーが自身のチームを結成して捜査に当たるのが見もの。
 ソ連の専門家、マザー・ラシアことコニー・サックス、中国の専門家、イエローベリルのディサリースが担う、地道な捜査の下りなど圧巻だ。
 二人がそれぞれのチームを率いて宿敵カーラの目的を探り出す過程の、地道なこと地道なこと、これぞ裏方の底力という組織小説としての醍醐味全開だ。
 一方で後半一気に動き出す香港に新聞記者として赴任するジェリー・ウェスタビーの物語は、手に汗握る展開が続いていく。じっとりとした待機の日々が終わり、ようやく作戦が実行される。
 タイ、ベトナム、香港と飛び回り、戦地をかいくぐりターゲットに接近し、情報員と連絡を取り、ターゲットの人となりを知っていく。その過程に描かれる香港の歴史や、工作員を支える現地のスタッフの人生の悲哀が色を添える。
 ジェリー・ウェスタビーだって、この作戦を無事に終えられるのか?というヒリヒリ感が凄まじい。上巻がなかなか噛みごたえありすぎるかもしれないが下巻にはいればジェットコースター的に展開早くなるのでぜひ。

敵も味方も地獄絵図

 『スクールボーイ閣下』を読むと、結局誰が一番特をしたのかなーと思わざるをえない。ジェリー・ウェスタビーの報われない作戦や、カーラのモグラの男と、その男の兄弟、現地の強力者、はてはアメリカの諜報部まで登場するのだが、結末はどこまでも苦い。
 植民地支配のあとの、共産党の嵐に奔走される香港で育った、スマイリーたちのターゲットのコウ兄弟の話とか、ジェリーが恋焦がれる鳥籠の中の鳥であるリジー・ワージントンにせよ、なんて人間らしいことか。
 支持は出来ないけども、そうなっちゃうの分かるなーというやるせなさが突き抜ける。結論を告げれば、スマイリーはカーラから一本取って、勝ちを得るけれども、どこまでも勝利は苦い。
 やりきれないけども、一抹の希望がジム・プリドーとビル・ローチの友情に見出される『ティンカー、テイラー、〜』とはことなり、こちらは暗めに終わり切る、堂々の第二作なのである。

工作員スマイリー登場『スマイリーと仲間たち』

 スマイリーシリーズの三作目。諜報部を引退したスマイリーに、かつて情報屋として使っていた亡命者が殺されたと告げられる。将軍と呼ばれるエストニア出身の亡命者は、スマイリーに重大な秘密を告げる途中だったのだ。
 その秘密を探るべく、退職したスマイリーは、文字通り足で情報をかき集める。かつての同僚たちを訪ね歩き、記憶を辿り、捨てられた作戦を、自分の経歴を遡る。
 その努力は報われて、将軍の最後のメッセージはスマイリーに届いた。スマイリーの宿敵、ソ連のカーラの弱点を将軍は伝えようとしていたのだ。かくて、引退した身であれど、長年の対決に終止符を打つべくスマイリーは動き出す。
 スマイリーが工作員として活動するのは、ドイツ、フランス、スイスだ。引退した身でどうやって?と思っていれば、心配ご無用、あの手この手があるのだよ、と熟練の業が見えて格好いい。
 ピーター・ギラム、コニー・サックス、トビー・エスタヘイス、オリヴァー・レイコンとお馴染みのスマイリーを巡る人々が登場する、もちろん「息をのむほど美しく、本質的に他人の女」な妻のアンも。
 妻のアンとの結婚に影を落とす、スマイリーのビル・ヘイドンとカーラへの憎しみも容赦なく描かれる。
 これだけアンとの結婚に忸怩たる思いを抱いているのに、でも離婚もしないという当たり、スマイリーの人となりが伺える。
 ともかく、スマイリーの工作員としての姿、プライベートでの姿が全て描かれる、宿敵との対決にふさわしい作品なのである。

カーラの弱点、スマイリーとカーラ

 今更だが、カーラとは誰なのか?答えはソ連の軍人にしてスパイ。スマイリーの宿敵、ビル・ヘイドンを操ってイギリス諜報部に大ダメージを加えた人物である。
 軍での階級は不明、かつてソ連の中で粛清されそうになった百戦錬磨の非常な男。作中一言も口を開かず、抽象的な悪役として存在するカーラの弱点が明かされる過程は、この作品の基調であるやるせなさの最高潮だ。
 

 一方、その宿敵は、いまや唖然とするほど明瞭な、人間の顔貌をおびていた。スマイリーがみごとに追い詰めている相手は、よもや獣ではなく、とびきりの狂信者ではなさらになく、自動人形ではなかった。それはひとりの人間であった。その破滅をスマイリーが実現するとすれば、それは愛情過多という以上のなんらまがまがしいものが原因ではない。スマイリー自身、自分の乱れもつれた人生からあまりにも知りつくしている、それは人間の弱みであった。

『スマイリーと仲間たち』、ジョン・ル・カレ、早川書房

  引用したのは最後の最後の部分ではあるのだが、もうスマイリーとカーラの対決の全てがここに凝縮されてる一文だと思う。
 今まで口を開かず、ひたすら立ち塞がってきたカーラの弱点が、人間らしい愛情に関しての問題なのが胸を打つ。ある人にかけるカーラの必死さがもう敵なのに痛切で、スマイリーの複雑な心理に同調せざるをえない。
 最終的に、カーラを待ち受けるスマイリーのいっそ思いやりに満ちた気持ちはもう涙が出そうになる。プロが別のプロに寄せる、最高の賛辞なのではないだろうか。

心にかけ、待っているやる義務がある。ひとりの男の、自分でも一臂のちからをかしてきずいた体制をふりすてる努力なのだ、こうして見張っていてやる義務がある。彼がわれわれのところへこようとしているかぎり、われわれは彼の味方だ。ほかに彼の味方はいないのだ。

同上

 もう最後の下りは全部引用したくなるほど、ドラマチックで胸が熱くなる。とうとう対決するカーラへのピーターの、スマイリーの思いはもう読み終わるのがおしいほど。
 あれだけ嫌悪してきた相手を理解し、互いに自分の姿を見出して、最後はやっぱりこうなるよねと、納得の堂々たる最後を飾る、胸が痛くなる名作なんじゃないだろうか。あー頑張って読んでよかった。

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