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わたしには実家がない

いきなりですが、わたしには実家がありません。

※家族は全員健在です。

どういうこと?ってなりますよね。

父も母も兄もわたしも、みんなそれぞれの土地でひとり暮らしをしているのです。

きっかけ

もともとは家族4人でひとつ屋根の下に暮らしていました。

最初に家族がバラバラになったのは、わたしが中2の時。

母と兄とわたしの3人で、学区内のマンションに逃げるように引越したことがきっかけです。

原因は両親の不仲、父のDVなど。

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一家離散

数年後、兄が進学のために家を出ることになり、母とわたしのふたり暮らしが始まりました。

その次の春、今度はわたしが進学のために県外に引越すことになりました。

母はわたしとは反対の方面に生活の拠点を移すことを決めていたので、住んでいたマンションは解約することになりました。

当時は『これにて“実家”が消滅して家族が散り散りになる』ということなんて考えてもいなかった。

ただ、進学できる喜びでいっぱいでした。

引越しの日が近づいてきた頃、母はしょんぼりとした様子でこう言いました。

「○○ちゃんだけはずっとそばにいてくれると思ったのに」

そっか、わたしが家を出たら母はひとりになるのか…。

わたしは母を傷つけたくなくて、「ひな鳥は、大きく成長したら巣を出ます。わたしにもその時期が来たので、家を出ようと思いました。ここまで育ててくれてありがとう」という手紙を書いて、家を出ました。

あの家は今

父はしばらくの間、一軒家にひとりで住んでいましたが、わたしが成人する頃に近所にマンションを買って移り住みました。

父は今でも地元にあるそのマンションに住んでいますが、そこに“帰ろう”と思うほどの愛着はないので、一度も行ったことはありません。

家はリフォームをして売りに出されたらしく、久しぶりにグーグルマップで見ると、庭には子ども用のカラフルな三輪車が停められていました。

父はわたしたちがいつか帰ってくるのではないかと思って、しばらくは家を手放さなかったみたいですが、何もかももう遅い。

不器用だった者、無関心だった者、逃げた者、流される者。

一度ずれてしまった歯車が噛み合うことはなく、ついにはパリン!と音を立てて外れ、それぞれの方向に突き進んでいってしまうのでした。

年末年始とかお盆とか

親や兄弟には言えませんが、実家がないことは相当なコンプレックスです。

年末年始やGW、お盆などの帰省ラッシュの時期になると、「地元帰るの?」と聞かれることがよくありますが、説明すると長くなるので「どうしよっかな〜」とごまかすことしかできません。

高校の同窓会も、帰れる家がないから行けないし。

家族や親戚が揃って年を越すの、羨ましいなあ。

大切な人たちが一か所に集まって、自分の帰りを待っていてくれる。

どれだけ遠くても「戻りたい」と思える巣があることが、羨ましい。

幼少期を過ごしたあの家の間取りも、少し冷たい床の感触も、壁に飾られていた大きな絵も、不思議と覚えているものです。

庭にはアイビーという葉っぱが生い茂っていて、夏はプールや花火をして、冬は雪だるまを作って。

いろんな思い出が詰まっているあの家は、第二章を迎えて、今では別の家族の帰る場所となっているのでしょうか。

実家がない人の恋愛観

“帰れる場所”が消滅してしまったわたしにも、希望はあると思っています。

それは、『わたしが“誰かの帰れる場所“になる』ということ。

こうして恋愛や結婚(?)に夢中になるのは、幸せな家族への憧れによるものかもしれません。

大切な人の帰る場所になりたい。

そうしたら、このさみしさも、実家がないコンプレックスも、和らぐのではないだろうかと。

そんな願望で人生を切り拓くことは、他人を巻き込むことは、不健全でしょうか。

アプリをしていると、「家族の仲がいい人だと嬉しいです!」という男をたまに見かけますが、わたしの家ではどうしたって無理な話でした。

家族への憧れは誰よりも強いのに、自分の家族が離散していたら、それは信用するに足らないのでしょうか。

真っ当な家族のもとで育った人に拒絶されることが怖くて、抱えた痛みを分かってもらえないことも怖くて、年末年始やお盆は肩身が狭くなるような思いがする、わたしにとってそんな時期です。

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