天職はみつからない
天職と出会えている人が、羨ましい。
天職とは、どのようにすれば出会えるのだろうか。ずっと、そう思ってきた。
天職という言葉から、明るくて、煌めいた印象を受ける。自分とは、無縁な世界。自分の天職って何だろう、と考えることすら憚かるイメージ。
高校を卒業して、短大へ進学した。夢を持っていたが、父からは、高校卒業後は就職をするように言われていた。本当は、大学へ行きたかった。
母の説得で、何とか短大へ行かせてもらった。なりたかった職業の条件の一つが「大卒」だった。そのため、大学へ進学できないことが確定した日から、あらゆることへやる気がなくなった。
高校受験のときもそうだった。学校からは進学校への受験を勧められていたが、両親がそれを断った。
両親、特に、父は勉強に興味がない人だった。女は結婚をすれば仕事を辞める。女が「学」を付けることは無駄、という論法。
その親の子として生まれてきた以上、どうすることもできない。
短大は福祉系だった。実習先の老人ホームでご縁があり、そこへ就職。大学進学の夢が諦めきれず、4年間勤めたあと、大学へ進学した。
大学へ進学することを両親へ伝えても、喜んではくれなかった。父が病気で倒れたタイミングと重なってしまい、身内からも大学へ行っている場合ではない、と多くの引き止めを受けた。
もう私の好きにさせてくれと、振り切った。
授業料と生活費を工面するため、夜学へ進んだ。日中働く場所を探すものの、なかなか見つからない。何文、その頃はバブル崩壊後の不況真っ只中。大学の片手間で昼間の仕事を探す者への風当たりは強く、面接時に30分以上罵詈雑言を浴び続け、泣いたこともあった。
何とか働く場所を見つけたものの、想像以上に大学の課題が多く、仕事と学業の両立が難しくなっていく。自分の下調べの甘さが露呈した。こんな自分を見透かされ、職探しで厳しい指導を受けていたのだと痛感した。
結局、大学は退学した。
就職氷河期に大学中退者が定職を見つけることは、至難の技だった。不採用は数知れず。
ようやく、派遣社員としての生活が始まった。
数年後、ITベンチャーへ就職が決まり、正社員生活がスタートした。
その会社には、出社をすると一日私語の会話を楽しんでいる、コネ入社の総務部長がいた。その姿を日々見るにつけ、決して正しくない正義感が発動してしまう。
その部長に聞こえるような声量で、「いいですよねー、一日何もしないで給料もらえて。」と、我慢できず、言ってしまった。
その一年後、リストラ勧告を受け、退職した。
私の迷走した人生。天職と言える才能は見つからないが、どうにか今日まで生きている自分、意外にタフな自分。
こんな自分自身を大切にすることが、天職を探し出すことよりも、大事なことなのかもしれない。
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