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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

7. 覚醒ー(1)

「とにかく反響が凄いんだ。それに加えて不思議な反応があってね。聴覚に障害がある人達からなんだが、買い物でマーケットにいた時、ダイナーにいた時、そして、家族がラジオを流していた時、聞こえないはずの歌声が聞こえて来たって言うんだよ。ジミーの歌声がね。たくさんの興奮に沸いたメール、SNSが届いているんだ。音楽が頭の中で響いたってね。君たち、この歌にどんな魔法をかけたんだ?」
 早口でまくしたてたセスの声が破裂寸前だった。
 この歌〈ダンデライオン〉の持つ不思議な力を、多くの人が味わった。ジミーの歌声は清らかな水のように毛穴を通して渇いた心に、絶望に打ちひしがれた脳へと染み込んでいった。この魔法はセスの技術でも、ましてや自分のマネジメント力でもない。ジミー自信が持つある一つの信念と、彼を覚醒させた男の力だとスザンナはわかっていた。
 ミゲル・デ・ラフェンテ。
 あなたは敵なの、味方なの?
 あなたは悪魔なの、天使なの?
 あなたは、生きている人なの?
 あなたは、この世には、もういないはずの人でしょ。

 ベイサイドFM局の収録が終わって外に出ると、空は緑色がかった深い青色に変わっていた。その空色とは対照的に街中は煌びやかな色で溢れていた。本当だったら飛び上がって喜ぶべきなのだろう。でもなぜか、スザンナの心はこの空と同じように暗く重かった。
 ジミーが自分の事務所を選んで、ともに人を、国を変えて行こうと誓い合った時から、セスを含めた三つの点でやってきた。ここにもう一つの点が増えるのはうれしいことだ。その点が本当に丸い点で、どこにも欠けた箇所がなくてピッタリと型にはまるのであれば問題はない。スザンナは何とか自分に言い聞かせようとした。
「もう遅いから、どこかこの辺で宿を探そ」
 スザンナは愛車を起こすとジミーを見て言った。
「金あるの?」 
 スザンナからの返事はない。

「申し訳ないですね。ツインの部屋は満室で、ダブルの部屋でしたら用意できますよ。どうします?」
 モーテルのフロントは早く決めてくれと言わんばかりの態度でジミーとスザンナを見ている。
「別にいいだろ」
 ジミーのその一言で決まった。スザンナはジミーを見ることなくフロント係にカードを差し出していた。
 二人が通された部屋は、白を基調としたこじんまりとした部屋だった。裏通りに面した出窓には同じ白のブラインドが取り付けられてあった。
「ダブルベッドって言いながら、小さいな」
 思いきり手足を伸ばして仰向けになり、ベッドにダイブするジミー。
「何か食べに出る?」
 スザンナは落ち着かない心をジミーに悟られたくなくて、部屋から出ることを提案した。
「今から?」
 ベッドから面倒くさそうに起き上がるジミー。スザンナは恨めしそうな顔をしてジミーを見た。
「わかったよ」
 ジミーとスザンナはモーテルを出て深夜営業をしている食堂を徒歩で探し求めた。二人とも別に空腹なわけではないので、ただ何となく通りを歩き続けた。とくに意識することもなく、ジミーとスザンナは手を繋いでいた。
「ここ入ろうか」
 ジミーの問いかけにスザンナは首を傾けた。ジミーが選んだダイナーは、スザンナの愛車と同じ60年代を彷彿させた。
「歩いたら何か食いたくなったな」
「私も」
「私もって、腹すいてたんだろ?」
 スザンナはメニューから目元だけを出してジミーを睨んでいる。
 
「お待ちどうさま」
 と言って、黒のAラインのワンピースにフリルのついたエプロンをした店員がプレートを持ってきた。ジミーは先に運ばれていた瓶ビールに口をつけている。
 店内には邪魔にならない程度に曲が流れている。
「お、うまそう」
 ジミーは注文したサンドイッチプレートを見て、まだビールをひと口含んだ。
「食わないの?」
 プレートを眺めてじっとしているスザンナの顔を覗き込もうとしているジミー。ジミーがコンビーフとチーズを挟んだホットサンドにかぶりつくと同時に、店内に流れる曲がダイレクトに耳に入ってきた。
「いい歌だな」
 サンドイッチを持つジミーの手が止まった。
「私は……嫌い」
 うつむいたまま、スザンナは呟くように言った。
「嫌いって、自分で注文したんだろ」
「私は、この歌、嫌い」
 そう言うとスザンナは、瓶ビールを手に取り勢いよく飲んだ。

「ああ、やっぱりクリスタ・ウィルソンの歌はいいね」
 と、カウンター席にいる顔の半分以上が髭に覆われている体格のいい男性が、カウンター内にいる店員に話している。
『クリスタの歌に続いて、かつて一世を風靡したクリスタの愛娘スージー・ウィルソンのヒット曲を。あれから10年以上がたっているけれど、どうしているのかな』
 ラジオDJの声が消えると、白々と明けていく朝の空気のような透き通った歌声が聴こえてきた。そこにいた誰もが手を休め、天空からの歌声に聴き入っている。
「いい声だ」
 ジミーはテーブルにビールを置いて、天井を仰いだ。
 この声は、天使のささやきだとジミーは感じた。

                              つづく


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