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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

5.挑戦ー(3)
 
東カルフォルニア大学キャンパスに足を踏み入れるのは、ジミーにとって初めてだった。東カルフォルニア大学の医学部は、ハーバード大学やスタンフォード大学に次いで国内では優秀な人材を輩出しいる。それはジミーの父ジェームス・オステルマンと母ジャネットの功績だと過言ではなかった。当然、一人息子であるジェームスjrも医学の道へ進むものと世間も、両親も、ジミー自身もある時期までは思っていた。政治がすべてを変えてしまった。ローマの歴史家クルチュウス・ルーフスの言葉を借りれば、過去に起こったことは同じような経過をたどって、その後の時代にも繰り返し起こるものだ。
 ネイティヴアメリカンが迫害され、黒人が迫害され、ユダヤ人が迫害され、有色人種が迫害されてきた。同じ神を崇めておきながら、思想の違いだけでお互いを迫害し合っている。そして今日、AI技能を使用しない企業、商品、芸術の分野まで台頭し、“人間は必要最低限いればいい”と言わんばかりの社会ができあがってしまった。たとえそれが、緊急を要する医療の現場であっても、連邦議会の承認を得なければなまの人間だけでは人命を救えないのだ。それは、医療じゃない。医療はすべてのモノが平等に与えられるべきものだ。一部の富裕層だけが享受されるモノではない。
 今の自分には音楽しかない。生まれ持った歌声で変えてみたいと思った。しかし、それすら『持っている者の驕り』に過ぎないとわかった。すべての人たちに音楽の素晴らしさを味わってもらうには、どうすればいいのか。
「魂に訴えかける。おもしろい発想だな」
 ジミーは笑みを浮かべながらつぶやいた。
「なに?」
 普段聞こえないふりをするスザンナが、怪訝な顔して訊いた。
「いやべつに、ひとり言だ」
「そう」
 スザンナはジミーの異変に気づいてはいたが、それ以上問うことはやめた。
 ジミーとスザンナはセスがいる音響研究室をめざして広いキャンパスを瞬くの間、無言のまま歩いた。
 スザンナはセスのことをいつもこう思う。
『ゴーストバスターズでビル・マーレイが演じたピーター・ヴェンクマン博士みたいだ』と。
 音響研究室とは名ばかりの、音楽事業の展開だ。

「骨伝導か、それは盲点だったな。よく気づいたね」
 セスとジミーは初対面のあいさつもそぞろに、聴覚障害者対策について話しだした。セスはジミーのオステルマンというファミリーネームを聞いて、さらに興味を抱いたようだった。
「俺の発想じゃないですけどね」
 ジミーの返答を聞いてスザンナは、彼の異変に少し納得がいった。
「私の発想でもないわ」
 スザンナはジミーへの皮肉をこめて言ってみたが、彼には届いていなかった。
「でも、ライブ会場やコンサート会場と違って、CDでは君に直接触れることができないから音を骨から脳へ伝えることはできないだろ?」
 セスが挑戦的な視線をなげながら訊いた。
「そいつが言うには、俺の歌声にあなたが作るバックサウンドを乗せて、人の脳に直接とどく周波数に変えればいいと」
「なるほど」
 スザンナはジミーが発した“そいつ”という単語が気になった。
「それじゃあ、さっそくやってみようよ」
 ジミーとセスは音響研究室という名のスタジオに入っていった。実験室とうたっているだけで単なる録音スタジオとどこが違うのか、スザンナには皆目見当がつかない。
 スタジオ内にいるジミーとセスは、楽しそうに曲を紡いでいく。
 ドット(点)がライン(線)になった瞬間だとスザンナは感じた。ここへ自分が入ったら、トライアングル(三角)になって誰かが傷つくのだろうか。もしかしたら、自分の知らないもう一つのドット(点)があって、スクウェア(四角)になっていてバランスが取れているのかもしれない。バランスだなんて、都合のいい表現だ。それは単なる、もたれ合いに過ぎないとスザンナに得体の知れない怒りがこみ上げた。
「私と作っている時は、こんな顔みせないくせに」
 吐き捨てるようにつばやいて、スザンナは研究室をあとにした。

「あれ? スザンナがいない」
 コントロール室に戻ってきてセスは辺りをみまわした。
「スザンナは戻ってくるのかい?」 
 セスはマイクを通して録音ブースにいるジミーに訊いた。
「さあ、社長の行動は俺にも読めないから」
「なるほど」

 ジミーが静かにメロディを奏ではじめた。切ないバラード調のメロディラインで、今まで聴いてきたジミーの雰囲気とかけ離れていた。
 これは、スザンナに向けての歌だとセスは思った。

                            つづく


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