《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声
5.挑戦ー(2)
鼓動がよく聞こえる。
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
ドラムの音のようでもあり、雷鳴のようでもある。
一定のリズムを刻む。
祖父の病室で聞いた音。父がオペ室に入っていく。
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
「パパが、お爺ちゃんの手術をするの?」
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
リズムが早まる。大丈夫、落ち着いて。
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
リズムがまた遅くなった。
ゆっくりと息をし続けて。声がした。
静かなメロディーが遠くの方から聞こえる。
聞こえるかい? 僕を感じるかい?
自分の歌声に乗せて、マイケルの声がする。
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
オペ室が見える。すでに血だらけになっている患者の姿が見える。
胸に四ヶ所の銃創が見える。これは、オペ室じゃない。
怖がらなくていい、大丈夫だ。僕はここにいる。
生きている。
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。
ド、ド、ドン。ド、ド、ドン。
またリズムが早まった。
僕は大丈夫。生きている。
ゆっくりと息を吐く。
次第に鼓動のリズムが遠退いていく。
既存の言語になぞらえることが難しい風の音がした。
微かに人の声が聞こえる。
「お……い、こっち……だ」
誰かが呼んでいる。
ふと、顔を上げると、目の前には緑豊かな草原が広がっている。
「おーい、ここだ」
その声は、小高い丘の先から聞こえてくる。
一人の男が立っている。重たい足を懸命に引きずりながら男のいるところまで辿りつく。男は、この豊かな草原を育てた土の如く力強く、それでいて全てを包み込むような瞳をしていた。
「マイケル?」
ジミーが問いかけても、男は子犬のような屈託のない笑顔を返すだけ。
「渇いているだろ? ここで、身も心も潤すがいい」
男に導かれた先には一面、白や黄色の可憐な花が咲き乱れている。
「わかるかい? ここには、境界線なんてものはないんだ。男や女、階級や職業、肌の色なんて関係なく分かち合える」
「ほんとに?」
「ああ、本当さ」
気が付くとジミーは産まれたままの姿で、群生している花の中にいた。
真っ青な、どこまでも高い空を仰いでいる。横には陽に照らされ、眩しさから目を細めているマイケルがいた。
いや、ここにいるのは、ミゲル・デ・ラ・フェンテだ。
鎖骨下から鳩尾辺りまで一本の傷がある。その傷の周りに三ヶ所、丸い傷がある。きっと銃創だろう。一ヶ所は手術痕と重なって見えなくなっている。
今、ミゲルはマイケルとして生き返った。
葉露のようなマイケルのキスの滴が、ジミーの瞼、鼻筋、頬を流れ、口元に到達した。一滴も逃すまいと夢中でしゃぶりつく。赤ん坊が母親の乳を夢中で含んでいるようで、その姿はこの子が明日、母親と別れなくてはいけないことがわかっているようだった。葉露の滴は、またゆっくりとジミーの顎から耳たぶへと流れていった。
冷たいはずの葉露がジミーの耳たぶを熱くする。
「好きだ」
声が聞こえた。熱い吐息にも感じられた。またゆっくりとマイケルのキスの滴がジミーの耳たぶから首筋へと這っていく。
感情を抑えきれず、ジミーはマイケルを思い切り抱きしめた。
現実なのか夢を見せられているのかわからない。今この腕を解いたら、タンポポの綿毛のように風に吹かれマイケルが飛んで行ってしまう気がしたのだ。
「お前も、感じているのか? 俺の脳が感じているだけなのか?」
「大丈夫かい?」
囁くようにマイケルが言うと、そこは草原の中ではなく、毛足の長いラグマットの上だった。
つづく
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