夢想堂、春夏冬中【英二の願望】②
「佳代ちゃん、俺が主役の映画を作って欲しい」
夢想堂の喫茶コーナーで一息ついている時に、英二さんが口にした。佳代さんをはじめ、満さんも僕も、これは夢想堂への依頼なのかと設問するかのように、視線を飛ばし合った。
「英二、それは仕事として言ってんのか?」
と、満さんが右手にカップ酒の瓶を握ったまま尋ねた。佳代さんは、いくぶん暖かさが残るコーヒーカップを両手で持ち、薄茶色の液体に視線を向けている。
「正式に、夢想堂に映画制作をお願いしているんだよ」
佳代さんは英二さんの返答を待って、顔をあげた。
「本当のスクリーンの世界で主役を張れば、いいことよ」
「そんなことは、言われなくたってわかってる。その前哨戦で演じてみたい」
佳代さんは英二さんの視線を捉えたかとおもうと、コーヒーをゴクゴクと音とたてて飲み干し、カップをトンとテーブルに置いた。
「私一人では作れないわ。翔太を連れてきてくれないと」
「わかってる。俺だって、アイツがいないと何もできない」
佳代さんと英二さんのやり取りを見ていた満さんが、手にしていたカップ酒を佳代さんのようにゴクゴクと音を立てて飲み、英二さんに確認した。
「翔太はどこにいるんだ?」
「見当はついてる」
「だから、どこなんだよ」
満さんが質問したあと、英二さんが答えるまでに数秒の間があった。
本当に心当たりがあって言っているのか、心の不安を僕たちに知られたくないために、取り繕っただけなのかもしれないと僕は思った。
「原点に帰っているんだと、思う」
「原点?」
僕は、翔太さんに指摘された時のように、英二さんの言葉をオウム返ししていた。
「アイツは、また警察沙汰になって、みんなに迷惑が掛かると思ったんだろ」
「警察沙汰?」
「悠、お前またクセが出てきたぞ」
僕が気づくと同時に満さんに、僕のオウム返しのクセを指摘された。
「そのことは、悠くんにおいおい話すつもりだから」
佳代さんは、その話は詮索して欲しくないのか制止された。
「とにかく、ひとつ一つ当たってみる」
「翔太を見つける前に別の依頼が来たら、そちらが優先だからね」
「わかってる」
「ならいいわ。格安で引き受ける」
英二さんは佳代さんの言葉を受けて、笑顔になった。
「善は急げだ。今日はこれで上がるよ」
「ほとんど、仕事してねぇだろ。夜のバイトは来るのか?」
「もちろん」
と言う英二さんの返事の伴奏のように、夢想堂のドアベルが“カロンコロンカラン”と軽快になった。