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夢想堂、春夏冬中【英二の願望】③

前回

 英二えいじさんから連絡があったのは、英二さんが夢想ゆめみ堂をあとにして三日後だった。
「翔太を捕まえた」
 佳代かよさんが持つ、夢想堂の連絡用に使用している古めかしい固定電話から英二さんの声がはみ出していた。
「今、どこにいるの?」
 必然と佳代さんの声も大きくなっている。
「故郷に帰ってるってこと?」
「明日には、東京に戻るから」
 英二さんの声が、受話器から反響している。
「絶対に、翔太を連れて帰るから」
「ゆっくりでいいよ。せっかく帰ったんだからさ」
 佳代さんも、負けじと電話に向かって声を張り上げている。
「それじゃあ……」
 英二さんの声のボリュームが、少し小さくなった。
「何? よく聞こえないんだけど」
 反対に、佳代さんの声がさらに大きくなった。
「こっちに……こっちに、みんなで来てくんないか?」
「え? こっちって、ちょっと、島根に来いってこと?」
 佳代さんの声のボリュームは、さらに大きくなっていた。
「そうだよ。出雲に、まんさんやゆうを連れてきてほしい」
 英二さんの声が、はっきりと受話器から聞こえた。
「必要経費は、全部俺が持つから、みんなで来てくれよ」
「みんなでって、店を閉めることになるから、ね」
 と言うと、佳代さんは満さんと僕の方へ顔を向けた。
「健太郎が来た時に店が閉まっていたら、かわいそう」
 佳代さんは、受話器の向こうにいる英二さんに“無茶を言うな”と諭すように、優しいトーンで言った。
「もちろん、健太郎も連れてきてくれよ」
 佳代さんの諭しは、英二さんには効かなかったようだ。
「それは、いくらなんでも無理だと思うよ」

「僕、行きたいです」
 健太郎くんは、即答した。
「でも、ビデオ作りの時のようにはいかないのよ。ご両親の許可がなくちゃ」
 佳代さんは、英二さんを諭した時より深く丁寧に健太郎くんに説明した。
「あれから、パパもママも僕の意見を尊重してくれるようになりました」
 健太郎くんの発言を受けて、満さんが目を丸くしながら言った。
「健太郎が成長したと同時に、父ちゃん母ちゃんも成長したんだ」
 そういえば、今日の満さんはカップ酒を持参していない。満さんも、確実に成長しているじゃないか。なんだか、僕だけ取り残されてしまったのか。うれしさと、ほんの少しだけ寂しさが入り混じった複雑な気持ちだった。
「わかった。健太郎のご両親には、私から説明に伺うわ」
 佳代さんは健太郎くんの顔を見つめるとニッコリとほほ笑んだ。
「佳代姉ちゃんと一緒なら、安心して送り出してくれると思うよ」
 健太郎くんも佳代さんの笑顔に答えるかのように、とびっきりの明るい笑顔で返してきた。
「悠くんは、大丈夫?」
 佳代さんが僕の方へ視線を向けて聞いてきた。
「僕は、たっぷりと時間はありますので、大丈夫です」
「金はないけど、な」
 満さんがすかざす茶々を入れてきた。
「それはお互い様じゃないですか?」
「そうでした」
 夢想堂の中は、大きな笑い声でいっぱいになった。
 
 英二さんの依頼を受理して、夢想堂のみんなは動きだした。

                           つづく




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