夢十夜のようなもの
私はある女性とそこにいた。彼女は長い緑の黒髪をしている。そしてあるものを指し示した。
それは、大きな絵馬のようなものに描かれた三毛猫だ。眠っているのか瞳を閉じている。
「この猫を鳴かせてみてください」
彼女は言った。
「──鳴くんですか」
「ええ。そうしたら、あなたの願いを一つだけ叶えましょう」
そう言ってほほ笑む。
私は考え込んだ。どうしたら猫は鳴くのだろう。
そして思いつく限りの事をやってみた。
背中をなでたり、気に入りそうな食べ物を前に置いたり、こたつに入れてみたりする。毛づくろいをし、日当たりのいい場所に置き、ねずみのおもちゃを用意した。
けれどもそれはコトリとも音を立てない。思いつく限り、猫の機嫌がよくなるような事をすべて試してみたけれど、まったく反応が見られなかった。
とうとう私はあきらめて、それを部屋の隅(すみ)に放置する。
ある日、年老いた母が
「疲れたので肩を叩いてくれないか」
と頼んだ。
彼女の後ろに回り、トントンとリズミカルに叩く。
すると、どこからか「にゃあ」と声がした。
驚いて振り返る。視界にあの絵馬が入ってきた。
あの猫が、一言鳴き声をあげたのだった。
了
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