【短歌エッセイ】留まらざる風のごとく
「次へと進む歩み」、「未来の咲く花」の両記事にも記したように、私は6月末日に退職することとなった。
私が所属していた職場は、本所に加え付属施設が4ヶ所あり、中でも付属施設の1つは、徒歩7・8分と歩いて行けるところにあるので、退職の挨拶を兼ねた最後の一仕事に赴いた。歩いて行けない付属施設への挨拶は、仕方がないので省略だ。
その付属施設を統括する課長クラスの人は、口調と態度が素っ気ないのが特徴の人だ。割り切った仕事の話しかしない相手なので支障はないが、何となくもったいない人だな、と思っていた。
普段は、必要事項だけ告げたら後は私にお任せな人なのだが、この時はちょっと時間がかかりそうな面倒な作業を、自主的に分担して手伝ってくれ、お陰でスムーズに終えることができた。
その後も、私が同僚への挨拶回りをする際には、声をかけて呼んでくれたりした。
普段は素っ気ない姿しか見ていなかったので少なからず驚いたが、私の勤務が最終日だということで気を遣ってくれたのだと思うと、何だか感慨深い気持ちになった。
本所の他課では、事前に私の退職を知った同僚から声をかけられたものだが、施設を異にするとそこまで情報が回って来ないのか、他の同僚は皆一様に驚いていた。
中には、「前もって知っていたら(餞別的な)何かを持ってこっちから行ったのに」と言ってくれる人もいて、ありがたく思った。
しかし、本所の他課の同僚から退職に関して声をかけられた時点で、私の知らないところでは情報が回っているのだろうと思っていたので、それ以上に自分から知らせて回る気にはならなかったのだ。
そもそも、前もって別れを予告しておくということが、私は得意ではない。それこそ、予告によって餞別的な物を用意させてしまうのが悪いな、と思ってしまうのだ。
わざわざ不要な爪痕を残したくはない。通り過ぎる風のように、さらりと忘れ去られる方が、私には気が楽でいいのだ。
その後本所の自分の課へと戻り、菓子折りを持って所長・部長と課内へ挨拶回りをした。
かつて、退職時に世話になった上司や同僚に対して、もっと形に残る物を渡して行く同僚もいた。それでも私は、消えてなくなるような物をあえて選んだ。
できるだけ爪痕は残さない。風のように通り過ぎたいのだ。
課内の上役・同僚からは、「細やかですが…」と言われてこちらも菓子折りを餞別に渡されたので、ありがたく受け取ることにした。
そして、課内の課長・上役・同僚とは笑顔で挨拶し合い、私はその場を辞した。
その後、所内他課に退職の挨拶回りをした。
私の知らないところでは私の退職に関する情報が回っているのだろうと思っていたが、情報の行き渡り具合は斑な感じで、知っていて改めてしんみりと接する人もいれば、本当に知らなかったという感じで酷く驚く人もいるなど、様々だった。
知っていて知らなかったフリをしていた人がいたとしても、私にはわからない。
もちろん誰に対しても、淡々と同じように挨拶をし、世話になった礼を言った。そこまでが仕事だと思っているのもあるし、通り過ぎる風のようにありたいと思ってのことでもある。
皆それぞれに、「〇〇さんにはいつも、細かいところにも手が届くようにやって頂いて助かりました」、「〇〇さんにはいつも、本当に良くしてもらってありがとうございました」、「こちらこそ大変お世話になりました」と言ってくれた。
客である来所者ではなく、同僚相手の諸々である内務的仕事だった私の11年8ヶ月余りが、そんなふうに締めくくられたのは、せめてもの幸いだなと思う。
こうして、私は退職した。
留まることのない風のように、さらりと通り過ぎ、次へと進むのだ。
「11年8ヶ月余の 勤め終え 暇を告げたり 心残さず」
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