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最近の記事

 「右奥の席にいる」  ラインの通知を見ると急に緊張してきた。  渋谷駅から西の方に少し離れたところにあるカフェだった。  店に入ると茜が笑顔で手を振った。図書館のように真っ白な電球が明るく店内を照らす小さなカフェだった。暖かい店内をかき混ぜるように手を揺らす彼女は、思い出の中の姿よりも小さく思えた。走馬灯を見ているような気分になった。彼女とのさまざまな思い出を急に懐かしく思った。 冬の夜のカフェに他の客はいなかった。茜と会うのは三年ぶりのことだった。最後に会ったのは高校の定

    • 即興1

      今しがた、僕は宇宙に存在している。この言い方はなかなか面白い表現だと思う。ある種の、常にすでに性。宇宙の広大さを踏まえるに、僕らの存在は限りなく微少で無意味である。にも関わらず、僕らの意識はこの身体に属し、意識に影響を及ぼす最も中心的な感覚は僕らのこの身体由来であるという極めて興味深い事実がある。そのせいで、僕らは無の中に意味を授け、虚構に生きることを無批判に肯定しながら生きている。そういう意味で現実世界の全ては、ある種の宗教である、と言って良いだろう。 宇宙の無限性について

      • いつからだっただろうか。ただ生きるということができなくなったのはいつからだっただろうか。何かを好きになるということ、恋をするということ。何かを信じるということ。当たり前に何かを信じるということ。何かを愛するということ。水彩の絵筆を洗ったバケツに残ったセピア色の水をばら撒いたような日々。セピア色の透明な水は常に轟音を鳴らして流れていた。網膜が曇った。ひどく疲れていた。目を動かすということを忘れた。世界は遅くなった。 もう生きるのを止そうかと考え始めていた。世界を生きるということ

        • 母について

           生まれてから、18歳になって父から絶縁され、家を追い出されるまで、僕は母からさまざまな質の感情を受け取った。極めて明るいものもあれば、絶望に近いものもあった。  僕は時々、母のことを考える。  僕が母の姿を思い返す時、彼女は概念として高度に理想化された平穏な日常の中にいて、彼女の持つ表情の中で最も自然で暖かい微笑みを浮かべている。  今はその笑みを思い返すだけで僕はどうしようもなく悲しい。  なぜなら、あの日々の中で僕の前に確かに存在していた、まだ100%だった頃の