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〈44〉現象学どこ行った

 矢野君は芦原君とも西崎君とも仲がいいと思いたい人である。みんなと仲がいい、友達が多い、というのが彼のアイデンティティを支えている。とにかく友達が多い事をいいことだと思っている人は一定数いる。しかし問題はその中身である。友達が多いことはいいことだと思っている人のトモダチコレクションにさせられている感じに嫌悪感を抱く人は一定の距離を置こうとするので、もう友達とは何のかよくわからなくなってくる。

 つまり本人の自己解釈次第である。

 というわけで芦原君と西崎君からは一歩距離を置かれている。しかしこの一歩は大きな一歩である。世の中いろんな一歩があるものである。お前は友達だが俺たちの仲ほどではないぞと、明確なラインは引かれている。なので周りからは彼らの「子分ではないが親友でもない」という評価で、芦原、西崎の一段下に見られているが本人は対等だと思っているらしい。こうしてわずかな序列がちょっとづつ出来上がっている。まあ取る足りない意識しない人にとっては存在しないようなどうでもいい差だが…

 しかし私も学校を動物園のような人間観察の場にして嫌な人間であるが、教室に存在しているだけで、学校生活を送っているだけで、勝手にいろんなことが起こるのでそういう感想を持たざるを得なくなるのである。

 こういう感想を持つと我慢できないので金井君に言ってしまう。そうすると金井君は

 「ま、まあ概ね合ってるかな…でも矢野っちは暴力の伴う喧嘩やいじめを何回も止めてるから、善良性で言えば俺なんかよりも全然善玉よ。なんか表現が重複しちゃったけど。普段どうだろうと何かあった時に実際行動できる人とできない人で、ここにも明確なラインがあるからね。俺なんかただ見てるだけだもん、ただの傍観者。ははは」とのことだ。しかし続けて

 「まあ言いたいことはわかるけどね、芦原とにしやんの関係ってものすごい欺瞞な感じするもんね。別に本人同士がそれでいいならいいけど、よくそういう人のところにわざわざ関わりに行きたいと思うよなって、そりゃ思うよ。そういうことでしょ?言いたいことは。全部嘘っぽいもんね。どういうセンスしてんだろって、もう俺まで口悪くなっちゃったじゃないか」

 「まあ確かに、矢野君はお前より全然正義感がある。でも信頼できるのはお前だ。なんでだ?」

 「お、おう。ありがとう…信頼を裏切らないようにこれからも頑張るよ…」

 「なんでだろうな…」と私は金井君に言ったのか独り言なのかわからない返事をした。

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