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冬を乗り越えるためのウォッチリスト

 毎月のノルマを決めて年間250本。継続して5年間。むさぼるように映画を消費していたことがある。あれから3年経って、今は好きな映画しか観なくていい。

 人々の共通感覚かどうかわからないが、年末年始は映画を観るのに最適な期間だと思う。曜日感覚が麻痺してなんだか時間がゆっくり過ぎていくような気がする。日付が変わる瞬間の何秒間かに時計を大義そうに見つめる人がたくさん発生することは、時間が間延びしているあきらかな証拠に違いない。
 ともかく、この時期になると「今度の年末年始にはなんの映画を観ようかな」と考える。目まぐるしく忙しない平日に観るには時間も心の余裕も足りない作品を観るのにいい機会だから。以前は「今年中にあと◯本の映画を観るために今週末には……」なんて考えていたのを思えば、気楽なものだ。

 このnoteはそうやって気楽に構えた私がこの冬にもう一度観ておきたい映画を5本書き出したリストにあたる。




生きる LIVING(2022)

 映画を大量に観たとはいえ体系的にたしなんだわけではないので、古典はほとんど素通りしてきた。自己紹介するときは「娯楽映画が好きで」とか「2000年代の映画を中心に」とか前置きすることもある。
 そんなわけで黒澤明監督の「生きる」(1952)はタイトルしか知らないが、この作品は映画館で観た。以前は「映画館では派手な映画しか観たくない」と気取っていたこともあったのに。

 Filmarksのリンクを貼るとあらすじが表示されるという知見を得たからあらすじは省くが、まずは話がおもしろかった。ビル・ナイが主人公の姿と重なって語りかけてくるような作品だった。原作を知っていたらブリティッシュな置き換えを楽しめたかも知れないことはちょっぴり残念。やっぱり、古典そのものは楽しめなくても古典を知っていることはそれだけで自分にとって価値がある。

 仕事と人生への向き合い方を改めるタイミングがこの映画になる人もいるかもしれない。仕事としか向き合ってこなかった老人をちょっと残酷なくらい惨めに描く場面に目を覆いつつも、でもこうやって生きられたら素晴らしいと思わされる。
 自分がいわゆる仕事人間になることに忌避感を持っているからこそ、仕事に生きることの何が悪いのか、どこが良いのかを考えたくなった。さみしい雰囲気と寒々しい光景の中で話が進んでいくので、きっと年末年始に観るのにちょうどいいだろう。今年の振り返りとしても持ってこいだし。


クロース(2019)

 今年は映画館で「クロース」(2022)も観て、あれはあれで大変よかったけど、クリスマス会の映画のセレクションを任されたら自分が選ぶのはたぶんこっちだ。
 ネットフリックスでしか観られないのがもったいないくらい気持ちの良いストレートなクリスマス映画。大人も子供も楽しめるはず。大人になってからしか観たことがないから実際はわからないけど。

 クリスマスとサンタクロースの誕生秘話を語るスペインのアニメーション映画。クリスマスが発祥する物語だから、サンタクロースの居ない世界が舞台だ。
 まず登場する人々が幸せじゃないのがポイント。アニメーションだから陰鬱な雰囲気もコミカルで楽しい。満たされていない人々はいつも不機嫌で、つっけんどんで愛想がなくて、元気もなくて、揃いも揃って余裕がない。そんな大人たちの間で育つ子どもたちが主役になる日がクリスマスだ。

 偶然が重なったかのように必然的にクリスマスができあがっていくところを傍観できるのは、他人事だからこそ心が踊る。サンタは悪い子の靴下に石炭を詰める。トナカイがひくソリは宙を飛ぶ。サンタの家はおもちゃ工房。郵便屋さんに手紙を託せば欲しいものをリクエストできる。
 全部ただの言い伝えじゃなくてきちんと理由があるほんとうの出来事なんだよ、という優しい態度が崩れないのが素晴らしい。


スパイダーマン: ノー・ウェイ・ホーム(2021)

 昔からスパイダーマンのヒーロースーツの外見が心に響かない。正体を隠しているのに中の人の形にぴったりフィットしたデザインのスーツがいただけない。
 でもスパイダーマンは好きだ。コミックスは読まないが、トビー・マグワイアのちょっと冴えない雰囲気がよかった。サム・ライミ版のファンには十中八九(たぶんもっと)同意してもらえると思うけど、2作目の電車の乗客たちのセリフがとにかく胸を打つ。
 この映画はそういう思い出深い私たちの大切なスパイダーマンたちを救ってくれた。私たちの大好きなたったひとりのスパイダーマンを犠牲にして。

 スーパーヒーロー映画のいいところは、自分の存在を一般市民に落とし込んで市民を守る大好きなヒーローたちを自分のものにできるところだと思っている。それにしてはこの作品は手放しに「私たちを助けてくれてありがとう、スパイダーマン!」と言わせない。
 とっさに「私たちのせいで本当にごめんなさい」と言うべきだと感じるのに「私たちのために本当にありがとう」と言わないと彼の払った犠牲が報われない。むしろあの日の電車内に居合わせた乗客たちの立場になって、彼を他人として守ってあげることが本当にできなかったのだろうかと自問せずに居られない。アース199999の市民でもないのにね。

 とにかくこれはひとつのクリスマス映画であるという気持ちで毎年この時期に観返していきたい。


ドクター・スリープ(2019)

 もともとホラーを観ないから「シャイニング」(1980)をあまり覚えていないんだけど、それでもこうして回想シーンを挟まれるとなんだか懐かしい愛着すら思い出す気がして不思議だ。映画をたくさん観ていると、たまたま出会った作品の中でさえも愛されていることを知ることがあるほどの古典といえる。しかも数十年後に大型の続編が作られる今作そのものが前作の人気の証左だろう。

 ところでウォッチリストの1本目の映画がリメイク版で、この後で5本目の映画にも数十年ぶりの続編を挙げるから申し添えておくと、長く愛された作品のリブート版から入る新しいファンに大賛成だ。というか自分がそれだ。
 10代から映画を観始めたので、観客に前提として古典の知識を求めて作品を通して映画を語る大人がとっつきにくくて仕方がなかった。そんな若輩者に手を差し伸べるかのように流行したリブート版は、古典を凝縮した現代的なテンポで味わえる最適な入口だった。

 ユアン・マクレガーの見たこともない子供時代を思い起こさせるような柔らかい表情が映える役どころだ。ホラーの演出にも温度があって、こちらも受け取りやすいから驚いて怖がりながら楽しめる。映像は綺麗に整頓されていて、観ていたくなるので上映時間も苦にならない。
 トラウマになるほどの恐怖を幼少期に体験したからこそ耐えられる最大の恐怖なんて、手に汗握って胸が熱くなる。


メリー・ポピンズ: リターンズ(2018)

 ファンタジー映画とミステリ映画は冬に観るのがいいというのが持論だ。ファンタジーの世界は観客の理想を含むところがあって、夏が嫌いな私がそう言うのだから私にとってはこれが真実だ。
 クリスマスとか雪とかわかりやすいアイコンを引いて「冬に観たい」のもありだし、春が来るのを楽しみに待つ時間を映画と一緒に過ごすのもいいと思う。この作品は文字通り春がくる映画だ。

 ジュリー・アンドリュースの彼女はちょっと高価な万年筆とか化粧品のような存在で、言ってしまえば憧れの人だった。そして、今はエミリー・ブラントと平原綾香もそれに加わった。
 彼女はすごい。平気な顔をして空を飛ぶし、そんな完璧な自分に確固たる自信があって、彼女自身が愛してやまない。自分に自信がある人は美しいものだけど、彼女はそれを「何も説明しない」態度でさらに圧倒的なものにする。

 前作のパターンを踏まえて丁寧にたどりながらも、楽しさと目新しさに磨きをかける。前作のファンも今作から入る人もうれしい理想のリブート版だと思う。
 実はメリー・ポピンズもスーパーヒーローみたいなものだ。自分の隣ではない、でもこの世界のどこかに確かに存在を感じられるから今日も世界が愛しく思える。そんな私たちの想像力で彼女は今も昔も美しいまま在り続ける。



冬を乗り越えるために

 近頃は「冬季うつ」という言葉が知られるくらい、人間は冬に落ち込みやすいらしい。努力次第でどうにかなるなら脱却したいが、そういうふうにできているものなら仕方がない。
 個人的には気分を映画に影響されやすいのを自覚して、冬にはヘビーな作品を避けて通ることにしている。重くて暗い気持ちになる映画は春までお預け。気分の上下さえ楽しんで乗りこなせるようになるまで待ってから観るのが得策だと学んだ。
 寒い冬にこそ家にこもって映画を観ていたくなるがチョイスには気を遣う。だからこそ自分のために冬を乗り越えるためのウォッチリストを作っておくことにした。

 春になったらひとまず「ディア・エヴァン・ハンセン」(2021)と「愛の悪魔 / フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」(1998)を観たいな。


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