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震えるお菓子が爆誕した話

パウンドケーキを作るのが好きだ。
趣味の一つにお菓子作りがある。社会人になってもよく作っていたため、うちにはその時に買ったパナソニックの一人暮らしには高級すぎるレベルのオーブンレンジがあり、お菓子などほとんど作らなくなった今でもたまに息子とのクッキー作りに役立っている。
パウンドケーキとクッキー以外は、スコーンかマフィン程度しか作れず、素敵なアイシングなども無理だが、妙に味は良いと家族や友人には好評である。
要するに焼菓子専門のお菓子作りの趣味なのだが、ひとつだけ何度やってもなぜかうまくいかないものがある。
ベイクドチーズケーキである。
入門というには難しいが、すごく難易度が高いわけでもないこの物体が、なぜか私が作ると斜め上の進化をとげるのだ。
端的に相性が悪いのだろうが、いまだに物体Xに進化する理由はよく分かっていない。

中学生のころ。クラスにお菓子作りブームが到来した。クッキーからはじまりみんな色々と作ってはこっそりと交換していた。私もパウンドケーキを作り始め、思ったよりも美味しくできたことで調子に乗ってケーキ職人と化していたのだが、ある日たまには別のケーキを作ろうと思い立った。
ドライフルーツやブランデーケーキはパウンドケーキの亜種なので簡単にできそうだったが、せっかくなので全然違うものにしようと私は本に書いてあったチーズケーキの材料を購入した。ここで大人しくロールケーキでも焼いていればこんなことにはならなかっただろう。
生地にクリームチーズを混ぜ込みながら、はじめにこれを作ろうとしたひとは何を考えてチーズをお菓子にしたのだろうと製菓の歴史に思いを馳せつつ、生地を混ぜて型に流し込みオーブンで焼き上げる。
しばらくするといい匂いがしてきて、これはなかなかうまく行ったのでは?と思いつつ、私はオーブンから出したケーキに串を差し込んだ。焼け具合を確認するためだ。
このとき、なにか妙に手応えを感じて『焼きすぎ』の言葉が脳裏をよぎったが、食べられない硬さには程遠かったため、私は気にせず型からケーキを出した。

ぷるん

焼菓子がしていい挙動でない動きが見えた。
「……」
気の所為の可能性にかけて、ケーキを出したトレーを私は無言で揺らした。

ぷるん

チーズケーキが、震えた。
プリンやゼリーのような瑞々しい震えではなく、柔らかいゴムとか液体になりかけた固体とかが震度でブルブルする可愛くない方の震え方だ。
どうやら生地を混ぜるときに、いつもの調子でしっかり混ぜてしまったため、チーズが奇跡的に固められてゴムのように錬成されたらしい。そんな奇跡はいらない。
錬成されたのが、ぺしゃんこのケーキとか甘い煉瓦とかであるなら覚悟はできてきたのだが、焼菓子がふるふると震えるという自体に流石の私も停止した。そこにひょっこりと母が顔を出した。
「焼けたの?」
この母、驚くほどの料理上手のくせに、あきれるほど料理を作るのが嫌いという授かりし能力の無駄遣いの化身のような存在である。
私は無言でチーズケーキの乗ったトレーを差し出して軽くゆすった。母の目の前でケーキがぷるりと震えた。
「なにこれ?パンプティング??」
「ベイクドチーズケーキ」
母は天を仰いだ。
「ケーキは震えない」
言い聞かせるように母は言った。流石にそれは知っている。なぜか焼いたらこうなったと説明すると、母は不思議なものを見る目で私を見た。
「なぜ……?」
それは私もチーズケーキ自身も聞きたいところであろう。
冷ましたら落ち着いたりしないかと思ったが、冷めてもケーキは震える不審な動きをやめなかった。ナイフを入れるとチーズケーキらしからぬ弾力がかえってきた。チーズケーキ味のゴムの誕生である。かも配合に失敗してボロボロとすぐ崩れるほうの。
「……」
味はいいのがまた腹立たしい。
流石にブルブル震えるケーキを友人にふるまう気にはなれず、ケーキらしきものは家族の胃の中に消えた。
その後2回チーズケーキを焼いたが、いずれも謎の震える焼菓子が爆誕してしまい、私はチーズケーキと手を切ることを決めた。

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