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[小説]野球少年

河川敷を歩いていたら一人でバットを持って素振りをしている少年を見つけた。

「おい、君。誰かと練習しないのかい」

おじさんながらに勇気を出して話しかけてみた。

しかし、彼はそんなに怯えてもいなかった。

「うん。一人で想像しながら打つのが楽しいんだ」

「打ってもないじゃないか」

少し冗談交じりに言ったが、少年は悲しそうな顔をして

「だって、打てないんだもん」

と呟いた。

俺は返す言葉を失っていた。

話しかけた自分を少しだけ恨んだ。

「そっか、打てないのか。君は野球チームに入っているのかな?」

「入っていたけど、辞めちゃった」

「そっか、辞めちゃったか。おじさんも実は昔、野球をやっていてね。下手くそだったんだよ。もう、いつも辞めたいと思っていたもの」

「おじさんは辞めなかったの?」

「うん。だけど、晩年ベンチだったよ」

「そっか。でも、ベンチにいれるだけでも凄いや」

僕は少年を連れて近くにあるバッティングセンターへと向かった。

そこは廃れたバッティングセンターで、管理人はいた試しがなかった。その代わりに、電話番号が書いてある。

「それ電話しても繋がらないんだよ」

そんな噂を聞いたことがある。

中にはピッチングマシンが五台くらいあった。

20球、300円。独身の僕にとってはなんてことない。その気になれば200球だって打たせてやる。

バットにボールに掠りもしなかった。

僕はたまらなくなって、まだ打ってる途中の彼に

「バットを短く持て!」

と言った。それでも、少年のバットから快音は響かなかった。

ぜぇ、ぜぇと息切れする少年。

少年は弱々しい声で「ごめん」と呟いた。

約60球打たせてあげた。それでも、彼はあまり手応えを掴めずにいた。

僕は彼の肩を叩いた。

「気にするな。おじさんはお前さんのことを応援するよ!」

「ねぇ、野球って団体スポーツじゃなくて、ほとんど個人スポーツだよ。エラーしたら誰も庇ってくれないし。コーチは怒鳴るし」

「でもな、守備練習ってのは一人だとなかなか出来ないぜ!よし、じゃあお前さんが持ってきたバットとボールを貸してくれ!お前さんはグローブを持って守備位置につけ!」

正直、俺は子供がいないというストレスがあるのだなと思っていた。何か、普段溜まっていた何かが報われているような気がした。

ノックをしようと、バットを振ると空ぶってしまった。

少年は口角を上げた。

「待て!バカにするなよ!久しぶりにやってるから当たらないだけだ」

そう言ってチャレンジしても全く当たらなかった。

俺と少年は顔を見合わせて笑った。

ノックをしているうちに、日が暮れてきた。

母親が河川敷沿いを自転車で迎えに来ていた。

「おじさん。ありがとう」

「いやいや、こちらこそ」

「また、機会があったら野球を続けてくれ!」

「野球は続けるけど、チームには入るか分からない」

「そんなことない!あんな空振りばっかりの俺もやり遂げたんだから。お前さんも見ただろ」

満面の笑みで言う僕に

少年は照れ笑いを浮かべた。

後日、俺は少年がいないかなと思って休日に河川敷を散歩していた。

すると、ボールが肩に当たった。

舌打ち混じりに、ボールを拾った。

すると、野球少年らしき人物が辺りをうろうろとしていた。

「おーい!このボールだろ?」

そういって、ボールを少年に向かって投げた。

全く、届かなかった。

その前にボールが肩に当たっているというのもあるかもしれない。

すると、少年はそのボールを取りに近付いてきた。

彼の姿は逆光で黒い影となっていた。

その姿が近付いてくると、僕は笑顔になっていた。

彼の口元が白く光った。

ボールは届かなかったけど、想いは届いたんだな。

そんな風に思った。

彼は、すぐに僕からもらったボールを受け取り、ホームへと勢いよく投げた。


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