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「記憶の箱」

記憶は小さなクリスタルの立方体。それは様々な強さと色で光り輝く。私達はそれを自分の過去にたくさん並べていく。鮮明な記憶は色や輝きを失わないが、その記憶の箱達は時間と共に光を失っていく。色と輝きを失った箱も決して捨てられる事はない。ただ、並んでいる。遠い記憶は遠くにある。

だが、その女性の記憶は他の人と違う。彼女は記憶が苦手な上、自分の回りに円を描くように記憶の箱を並べている。ところどころ、失われた記憶があり、その箱は消えて歯抜けになっている。彼女は新しい記憶をその歯抜けの場所に置いていく。時間はあまり意味がなく、記憶のエピソードは交錯する。しかし、彼女にとってその記憶は一つ一つがとても重要で大事なものだ。全ての記憶の箱を慈しんでいる。

彼女と話をしているとそれがよくわかる。彼女の話は幾度も同じ話が繰り返される。しかし、どのエピソードを話す時も彼女はとてもうれしそうだ。まるで昨日の出来事のように情感こもった口調と表情で語る。

理屈がわからなければ、彼女の話はいらいらするだろう。ただ、理屈がわかれば、その彼女の記憶の話は実に美しい。彼女の記憶の箱への慈しみは、私の記憶の箱に対するぞんざいさとは違っている。箱の数は少ないが、その箱一つ一つは私の持っているどの箱よりも美しく輝き、それぞれが不思議な色を持っている。

人の話を聞く時、その箱の美しさに注目すると良い。そうすれば、話を聞くべき韓否かがよくわかる。
彼女のその美しい箱にほとんどの人は気づいていない。

私はその美しい箱に気づけた。
だから私はその記憶の箱のスケッチをしようと思う。
彼女の人生の話をただひたすら聞こうと思う。

彼女が生き生きと話す様子はこの世に生まれてきたもの全てが美しい事を教えてくれる。